***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

目の光をみると分かるようになる。

勤務中にカルテを片づけにいった。そこはスタッフルームでもあり、私のバッグがある=スマホもある。何気なくのぞける時はそんな時間で、着信と留守電が入っていた。ケアマネさんからだった。

上司に許可を得て電話をすると、体調を崩してケアプラン会議に行けなくなったので、日程調整をして欲しいと言われた。

私が立ち会える時は決まっているので、今回は両親のみで、次回は立ち会う旨を話したが、この話を両親にしなくてはならない。

 

電話に出ない高齢者は身を守っている。

 

続いて許可を貰い、実家に電話をする。スマホだから早々出ない。「私だけど~」と叫ぶと母が出た。

「明日は病院だから都合がいいわ」←私の都合も少しは考えて欲しいんですが…。

とりあえず話はここまでで、「家に帰ったらもう1回お父さんにも話をするから」と伝えて電話を切った。

 

戻ると、「あ、患者さんがいらしてましたか…申し訳ないです」と謝る。

 

帰宅して電話。父はすぐに出てくれるので(家電だけは)話をまとめてした。でも多分、来週も念押ししておかないとならないだろう。

一体両親は私からの電話をどんな思いで感じているのだろう?と思う。

仕事柄、両親を気遣いつつも多分私は、スタッフ寄りの考え方をしてしまう。

だから冷たい娘と言う太鼓判を押されている。そういう家族も必要なんだということは経験で知っている。

 

たまたまこの日来院した患者さんに軽い認知症の傾向がみられたので、もう1人のスタッフに暫く見守りを頼んだ。患者さんが立て込んでしまったからだ。

カルテを見て生年月日を確認し、入室を促し、私が見るのはまず目。そして治療中の言動と行動。説明は家族にするのだが、単身で来た場合は分かりやすく(分かっているかどうかも?だが)話すしかない。

 

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さて。私自身も多々問題に埋もれ、解決しようと目論み、行動をしている最中。

暫し…いわゆるお盆までは休憩させて頂こう。

 

自分に余裕がなければ介護はおろか、生活も危うくなる。心も大事にしなくては。

 

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引っ越してきて19年(下)

もう10年以上前だっただろうか。管理組合から「緊急連絡先」を再提出するように全世帯に申し渡しがあって、我が家は実家の父と私のスマホにしておいた。この目的が居住する住宅でのトラブルの際に使われるということだった。10年過ぎれば、世帯構成も変わってくる。そろそろ見直した方がいいのではないかと思うのだ。

 

知らせを受けて駆け付けられる人がいるかと言えば、遠方だったり仕事で無理だとなって、管理事務所の開いている時間に連絡がつくわけではない。実際にあった話として「何日も窓が開いたままなので様子を見て欲しい」と言われた日に家族に連絡を取ってみると、病気で亡くなっていたということは何度も見聞きしている。

 

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 この階段室の謎も、大体誰がというのは推測できるのだが、第三者が家族に伝えることはできないデリケートな部分がある。私の母の時もそうだったのだが、「お母さんの様子がおかしいよ」と連絡をくれたのは、長年の母の病気を知っている伯母(父のすぐ上の姉)経由だった。

 

実際、要介護認定を受けた時に考えたのはこういうものだった。

 

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携帯を持っていても父がSNSメールを打たないので考えたが、母が何とか電話ができるので、地域での見守り世帯となって、このサービスを利用することなく過ごしているが、いつかは来る何かに備えることも必要なのかと思う。

 

古くなった旧公団住宅の取り壊しや建て替えが落ち着いたが、この先我が家にも訪れる老いや病気に備えることも大事なのではないかと最近、考え始めている。

 

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引っ越してきて19年(上)

今の住まいである中古マンションを買ったのは、子供を幼稚園に入れるためだった。

10年ほど住んでいたところの家賃と駐車場代が高くて、私は専業主婦であり、子供は何も補助が貰えないという時代だったからである。

子供は周りにいる歳の近い子や同級生たちと遊び、近所の奥さんたちに可愛がられて育っていった。引っ越していく人もいたが、大抵は学区内だったから幼稚園や小学校で会える。「和室ばっかり」と長じて文句を言ったこともあった。

 

引っ越してきた当初、古くからいる方々のお子さんは大学生だったり社会人だったりしたが、それぞれに独立をした方が多く、親御さんと同居している世帯は少なくなった。近所に家を買って、近くにいる親御さんを見ている方もいるし、何よりも介護の工事の車が入るようになって、年月の経つ早さを感じる昨今だった。

 

あることに気づいたのは今年の2月位だっただろうか。中規模の修繕工事を終えた後の話なのだが、階段室が時々ぬれている。2月だからどちらかというと乾燥しているはずだし、雨が吹き込んだり上から伝ってくることは考えにくい。それが何回か続いて、管理事務所に連絡をして調べて貰った。

 

現象が再現しません。もう少し様子を見てください。

 

ぬれているところは場所で言うと我が家の風呂の下にあたる。風呂工事をしたのは15年ほど前で、壁も直して…どこか漏れていたら大変なことになる。原因は全く分からず、4月の末にはいったんおさまっていた。

 

つい最近、転居当初から親しくしている奥さんから言われたのはこの話だった。「なんかさ、ここ、誰かおしっこでもしてるんじゃないの?」梅雨寒の小雨の日で、階段室はぬれていたが、奥さんが、「においがするでしょ?気になってたんだけど…」確かにそういうにおいがする。

ペット禁止の中層マンションで、実際今はペットはいないのは誰もが知っている。つまりは人間様がやったのではないかということを、その奥さんは言っていて誰かは何となく想像はできるが、現場を押さえたわけではないし、まさか写真を撮るわけにもいかない。「管理事務所に相談してみるよ、次にあったら」と奥さんが申し出てくださった。

(続く)

 

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それぞれの言い分とちょっとした寂しさ。

ケアプランの件で実家に行くと、両親は喧嘩ばかり。原因は毎度のドクターショッピング希望に対して、父がそれをよしとしないことに対して、日常の些細なことから勃発するらしい。

 

ある病気を見て貰っている病院での話。

 

母の言い分:私が精神科に通っているからでしょ?見てくれる医師が私の訴えではなくお父さんに話をするのが面白くないのよね!

父の言い分:実際に検査結果を見て、内視鏡の結果も踏まえて「良くなった」と言われているわけだよ。それ以上何もしようがないじゃないか。お前に話しても痛いということしか言わないだろ?

 

同じことを訴えるということが、心からなのか、軽度認知障害からなのか。担当医も困っておられるのだろう。付き添いが80歳の父だからまだいい。これが私だったらもっとさくさく「分かりました」と帰ってしまうだろう。

 

堂々巡りの中(この話自体3回以上している。母が辛いのは分かる)ケアマネさんと話したのは、

①デイサービスに行く意味は、お父さんと離れることであり、入った当初よりできないことがあるのと、何かをすることは必須ではないから、横になってもいいこと。

②ご飯を作ることに囚われないようにしなきゃいけないこと。お父さんだってそれでいいと言っているのだから、手を抜く日にして欲しい。

因みにこの話も3回くらい話す。母の感情>周りの意見なので、収めることは多分完全にはできていない。

 

転勤してきた下が月末の土曜日に実家に来る。その時が母には何よりの楽しみである。

「あの子は黙って私の話を聞いてくれるから」配偶者も相槌を打つにとどめてくれる。それは私の夫も同じだ。

 

私はそれができない。即座に判断して言葉に出すのは性格(父と似ている)と仕事柄でもある。

だから、帰り際に私の顔をしみじみ見て、「あなたはお父さんそっくりね」と言われて、嫌ではないが言外の意を汲んでしまった。

母の中には冷静と冷たいの区別はない。自分の話を聞いてくれる人が大好きなのだ。

幼子にも似ているこの心の移ろいを拾って行くことが私にできるのだろうか?

 

父には困ったことがある。「お前は怒ると50年前の話を出してくるんだよな」

ワンオペ育児だったことを恨んでいる。営業職だった父。接待ゴルフも飲み会もあったから、「子供たちと芝生で遊んでくれたことあった?」「下が夜中に熱を出した時に徹夜マージャンしてお給料を持ってこなかったじゃないの!」←昭和40年代の話です(^_^;)

 

話をたっぷり2時間聞いて思うこと。

一度精神科の担当医と話をした方がいいのかな。ちょっと揺り返しが来ていることを。

父が伝えきれないことを鑑みて、母の言動を伝える必要があるかもしれないと判断した。

 

実家に行った日はいつも冷凍餃子だ。夫よ、申し訳ない。

 

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高齢うつ状態から脱却させるために。

母に七分袖のブラウスを買ってから実家に出向き、渡すと涙ぐんで受け取り、「私うつなの」と言われてしまうと、何があったのかと考えてしまうのだが、色々と考えて連休の間に動いていたらしい。

その後ケアマネさんも来て、デイサービスの方から「休みがちだ」と言う連絡を聞き、前回の件もあり、話を詰めた。

 

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デイサービスを週1日に戻すことでリセットを図ることにした。ケアマネさんからの提案ではあるが、やはり高齢者とはいえ年代の差は軽度認知障害でありうつ病の母にはそう簡単に受け入れられることではなかった。後述する話で曜日を変えることもできるが今しばらくは週1日での利用をお願いするということである。

 

父が日中、母と散歩をしないのは、出会った人に今は泣き出してしまうからだ。そんなことも垣間見たが、デイサービスはもう少し落ち着いたら、曜日を変えて参加できればいいんじゃないかと思っている。

 

話はさかのぼるが、母はバスを乗り継いである耳鼻科にかかっていた。蓄膿症という診断だったそうだが、好転しているとは思えない。父が付き添うことにも流石に疲れ、週2日をこちらも週1日にしたのだが、母の内科の主治医に相談して、大きな病院で見て貰った。

 

蓄膿ではない。鼻中隔が少し曲がっているので鼻が詰まりやすいだけだ。

点鼻薬を処方された。

 

 

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そちらで口腔外科を受診するように言われてカンジダが再発したとのことで、再度同じうがい薬を処方された。

 

そして耳鼻科も口腔外科も3週間後の予約になっている。

 

そんなわけで今までの耳鼻科には行かないことになって、私がホッとしている。

耳鼻科に行くこと3件目でやっとレントゲンを撮って分かったという現実に呆れてもいる。

 

ふりだしに戻ったわけではない。母に見合う環境を構築していくことは肝要なのだと現実を直視し、今月はもう1日行けそうなので、遊びに行こうかとも考えている。

 

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GWは実家に行けないまま。

とはいっても連休明けには行くのだが、仕事だったり、自分の用事だったり、子供が洋服を取りにきたりして、本当に休んだのは今日だった。

いや、実際は4日~6日は休みで、合間に子供の部屋の不用品処分をしていたけれどね。

 

子供に母の日のプレゼントの希望を聞かれて、私も母に何かと考えた。

デイサービスに週2にで行くようになれば当然、欲しいのは洋服だろうと想像できるが、母に駅まで来てもらうには父が一緒じゃないと無理だ。

若かりし頃より父は買い物に付き合うという心はなく、以前母に聞くと「何時までに終わるからそこでアイスを食べていて」と、食料品売り場の脇にあるフードコートを指定したらしい。

 

一番の問題は実家の方に年配の女性向けの(サイズもだけど)衣料品店がないこと。

LLサイズなのと好みがあるのであげる方も前から苦労していたし、気に入らないと持って帰らされる可能性が非常に高い。本人同伴じゃないと無理なのは分かっている。

 

めんどくさいなぁ…と呟く私。

 

実は食べ物も喜ばなくなってしまった。和菓子が好きなのだが持って行っても「太るから」と切り返される。下も何度もお土産に文句を言われてついにマンパワーだけ提供するようになった。

 

さて。今度行く時はお小言のひとつも喰らうだろう。覚悟の上だ。

 

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老後を考えるフリーター。

たまたま有料老人ホームのパンフレットを見る機会があり、読んでいると…。

入所一時金:360万円。

月額利用料:約18万円。

これ、何かあった時に出せるんだろうか…と、子供をあてにしない生活にしたいので考え込んでしまった。

 

私は厚生年金を10年加入し、出産後はサラリーマンの妻という国民年金第三号被保険者で、4年前から国民年金第一号被保険者になっている。

退職金としていわゆる確定拠出型年金を全額貰っているので、子供の学資保険にぶち込んで、某大学に納入してしまった。夫の養老保険も同じ運命をたどった。

(返還型奨学金を借りていない)

 

60歳までしか国民年金は納入義務はないというわけで一応焦ってみて、国民年金基金に1口ずつ加入している。こちらの制度が変わって65歳までは掛金を払えるようだが、問題は65歳まで仕事ができるかどうかだ。

いや、65歳支給自体が危ういし、この制度自体が自転車操業なのだから、やはり仕事をして得られる賃金の方があてになると思う。それを運用するしかないのかもしれない。

 

私が出会った年長の同業者で社員さんは何人かいる。身体がきつくないわけはない。子育てが終わっても働く理由は、仕事が好きだというものだけでもなく、うちと同じように子供の学費と住宅ローンで働かざるを得ないとか、配偶者との別離もあるだろう。

 

不安定な夫の収入で我儘を聞いて貰ってのフリーター生活を、上記の意味合いを考えるといつまでできるか分からない。それでも「週に1日でもおいで」と言ってくれる経営者たちに恵まれて今がある。もう少し自分に自信を持てた時に考えようと思っている。とりあえず来年の夏までは今の調子で、身体第一に節約生活を送って…まあ、色々情報は集めるけれど、何せ資本金がないので(笑)地道に働いていこう。

 

もし私が入る時は、LANがないと駄目です!

 

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