***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

2回目の介護申請。

母の介護申請をした時(2016年7月)に父も一緒にお願いして、その時は「介護を必要としない」と父は判断された。

 

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小雪が舞う中、実家の管轄の地域包括支援センターに出向いて、介護申請をしてきた。

近々のことを忘れてしまうことが増えたし、書類をしまいなくすことが増えて、そのたびに喧嘩になりかける。あとで探すはもう、通用しない。

職員さんに事情を話し、書類に記載する。その中でかかりつけ医が必要になり、実家に電話をした。

家電にはでない。このくそ寒い中出かけるとも思えず、携帯にかけると出た。

「さっき家に電話くれた?末尾の番号が●●●で」

家電の脇に私のケー番書いてあるじゃない…ちょっと虚しくなるが、主治医を聞き出した。

昔から行っている病院で、職員さんが「あの先生お忙しいから、意見書を貰うまでに時間がかかるかも知れません」と、この地区特有の”市をまたいだ病院通い”が多いことを教えてくれた。

 

もし介護認定がおりた時は同じケアマネさんにお願いすると言う話をしてから、調査の日は私が立ち会うが、曜日が限られているので(この場合、母がいないとならない)後程打ち合わせをするという話になった。

 

職員さんは分かりやすく説明してくれ、アドバイスをしてくださった。

・もし要支援がおりればお母様の方でのヘルパー等の依頼ができます。

・要支援の場合は包括支援センターが年に1回程度、様子をみにいくことになります。他者が入ることに対してよく、ごきょうだいで分かりやすく伝えてあげてくださいませんか?

 

ケアマネさんの懸案事項の通りだ。

私は「一昨日ケアマネさんが実家に来ているので、聞いてくださればよく分かると思います。その日のことも、今までのことも」と頭を下げて帰途に就いた。

 

夫が風邪をひいてかかりつけにいっていた。いつも何かがある時は彼の休みに合わせて車で一緒に行っていたので(彼は黙って話を聞いているか、母の話をいいように躱してくれる才能がある)孤軍奮闘してきた。

 

夫と合流した後、食事を外でしていた。その間に出来事を手帳に書いて、写メして下に送った。

やはり私に話すことと下に話すことに違いがある。

「何その話?聞いてない」「あなたに都合の悪いことは言わないよ」

 

冬季うつの持病がある母。決して体調がいいわけではない。何をしでかすか分からないということに恐怖を覚えないわけではない。ともかく来月の上旬に下が上京する時に話をしよう。

納得と受け入れは違う。

 

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 ケアマネさんに相談をすると、やはりこの数か月の父の老いを感じておられたようだが、「今までの経過を見ていると、ご両親は他者が介入することに対して抵抗を示されていますよね。そこが何よりも問題なんです。娘さんが仰っている介護認定を受けることに対してはそれほど難しいことではないのです。でもお父様をどう、説得するかは相当難しいと思います」という回答だった。

 

母の介護認定をはじめて受けた時、父もお願いしたのだが、市の職員さんが「ご主人は大丈夫ですね」と言われた。そこから1年半。やはり父には負担すぎる母の介護と日常生活のこと。

 

母は自分の年齢を分かっている。誰もが加齢でできなくなる身体能力のことは、母にとっては病気と意味づけてしまう。だから病院に行けば治ると信じて、父にねだるわけだ。「連れて行けば落ち着く」と父は安易に言われたようにしてしまう。その繰り返しも流石に父には堪えるようになったと、母は理解できない。

 

・役割分担をきちんとできない。

・自分の買い物をさせて貰えない。

・昔の話を繰り返す。

 

これが母の現状。

 

・子供たちに言えないことをうやむやにしたい。

・何回か聞いた話を繰り返す。

・子供たちが知らない同窓生の話を持ってくる。

 

これは父の現状。同窓生の件は諦めている。但ししつこいと「知らないものは知らない」と言う。

だから私は冷たいと言われるが、中学の同級生すらろくに覚えていないきょうだいは、この話だけは本当に苦手で、そこが実家から遠ざかってしまった過去でもある。

実は父が昔、私たちの出身中学の人にそれぞれの電話を教えてしまった。

同窓会だなんだと電話がかかってくるようになって(私は担任からもかかってきた)両親に絶対に教えるなと伝えた経緯があった。

 

話がそれたが、毎日チクチクと刺されている父の心は、加齢だけではないものを抱いていないかどうか。それが一番の心掛りである。

 

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近々にやらねばならないこと。

数日前、母が私のスマホに電話をかけてきた。「お父さんの様子がおかしい」と。

よく聞くと、母がインフルエンザに5日前くらいに罹患して、その2日後位に父が1回失禁をしたという。父が片づけたのだが、そのことで母は「お父さんも認知症なの?」と私に尋ねてきた。

しかも当の父は「熱がある」と早々とベッドに入っている。

母がインフルエンザになった時、父が代わりに精神科で薬を貰ってきたそうだし、そりゃあもう、父が貰っても仕方がないことだ。

 

私は失禁という言葉にひっかかり、忙しい下に電話をすぐに入れた。

下も感じている父の老いは、認知症なのかどうか分からない。でも、正直言ってもう、父自身も自分であれこれできるわけではない。

info.ninchisho.net

 

加齢による物忘れではないかと思うことは多々ある。実は買い物に行って財布を置き引きされたということを、私は直接父から聞いていないが、母は2人の子供に何度も話している。その話の仕方が嫌味に満ちていて、何回も「ほれみたことか」という感情を交えるので、母は認知症による物忘れと言えよう。或いは父も近くなったのかもしれない。

 

「お父さんも認知症なの?」

 

それは私たちが決めることではない。専門医の門戸を叩かせるかどうか。それができるかどうか。

少なくとも2年近くの老々介護で疲労困憊の父のプライドは介護認定を受けることを拒むのは分かっている。

 

下が現在、異動に向けた忙しさの中で過ごしているが、上京する日があるということで、私もその日に実家にいくことにした。私が話すととげが立つので(言い方の問題と、現実を知っているから)下が話をしてくれる。

実質の手続きは私に委託されることになる。そして通院のうち、精神科に関しては私が少し病院に顔を出すことが必要で、5月からはできると思うと話をした。

 

父の限界は見守りが重圧に変わってきていることでも分かる。

我が家の方との違いが如実に表れているのが小学生の登下校の見守りに関することだ。

80歳を超える高齢者が毎日、交差点に何故立たなければならないのだろう?

というのは、私がうちの子供の小学生の時に、年に2回ほど、指定された曜日に立ち当番というものがあって、実際わが子は通らない場所で、同じ小学校の友達を朝、横断歩道の前で見守っていた。

ワーママも休んだり、時差出勤していたし、やんちゃ盛りの下の子を連れて立ってくれたママもいて、むしろ祖父母はいなかったし、近所の高齢者は誰も出てこなかった。

どうしてもその地区の高齢者(或いはリタイヤ組)から見守りをしなくてはならない決まりでもあるのだろうか?

 

余談になったが…ケアマネさんとの話し合いも延期にさせて貰った。ただ私はケアマネさんにこの話をしてみようと思う。それと私の中で考えていることをいくつか。

 

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天の声。

下が来年度、転勤を願い出て叶い、関東に戻ってくることになった。同じ県内ではないが、電車で2時間位だったらまあ近い方だと思う。私には有難い話だが、下は10年余りの生活を変えるので、色々やることがあり、数日前には上京して新居探しに奔走していた。

 

私の方は子供が体調を崩してしまい、仕事を早退したり休んだりと落ち着かない状況にあり、あちこちに迷惑をかけながら日々、子供と向き合っている。そして子供の新年度をどう過ごさせるかも、専門家や色々な人に相談して決めて行かなければならないが、とりあえずは今の子供に健康と笑顔を戻させようと必死に日々を生きている。否、キレそうな思いもあるけれど、耐えて耐えて、待っている。

 

だから実家に電話ができない。それは言い訳だろうと言われても仕方がない。子供の体調不良を両親に話して楽になる問題ではないし、黙っておくほうが得策だろう。父には母を背負わせているわけで…そしてこの状態が25年になっているんだと気付く。

 

きょうだいはそれぞれの特性を生かして介護に臨もうと奮闘してきた。この半年、特に父のことは心配が強くなっていて、それが転勤を希望した一因だったと思う。

私も昨年末から大きく仕事の方が変わって、更につい最近だが、介護に向けた取り組みがしやすくなるかもしれない事態が起き、手続きは3月末に行うが、趣味の異動をすることになった。

 

今年は親元に行けということなのかもしれない。そして今は、巣立っていく子供が体調を崩している。それを支えていきなさい。少し仕事を考えて家庭回帰をしなさいという天の声なのかも知れない。

 

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携帯の機種変更に立ち会う。

昨年より父が言っていた携帯を変えたい(外側が壊れている)という話を、帰省した下は知らなかったそうで、自宅に帰ってから電話で伝えると、「お父さんが持っていないのは困るから、お金出すから付き合ってくれない?」と言われていた。たまたまオフになった今日、ショップ前で待ち合わせをして手続きをすることになった。母はデイサービスに行っている日である。

 

機種は決まっている。昨年末に夫が変えたと同じかんたんケータイ(ガラホ)で、ネットを使うかどうかは父と相談して決めようと思った。機種はこちら。

 

japanese.engadget.com

 

文字が大きい・万歩計がついている・音も大きい。実際デモ機を触って「これでいいよ」と父が言う。その後は事務手続きだ。

Eメールもネットも使わない

ショートメールも使わない(多分、使えない)という状態なので、店員さんから「5分以上話さないのであれば、最低限の料金プランにしましょう」と提案されて、リンクさせて貰ったような月々2000円弱の料金になった。

 

父の携帯は9年余り使っていたそうで、ポイントも相当たまっていた。分割で払う予定でいた父に、「出すからいいの」と、事前にお金をおろしてきていたが、実際は9000円弱で購入できた。「機種変更手数料だけ引き落とされるから、それはお願いね」と父に話しておいた。

 

「お前たちにそんな負担をかけるのは申し訳ないな。自分で出すよ」と何度も言う。下は「自分が出すから金額教えてね」と言ってくれていた。でもこのくらいだったら私が出せるので、「いいの。私出すから大丈夫」と念を何十回も押してきた。

 

アドレス帳だけは移行して貰った。その時にロックがかかっていて、できないかも?と焦っていたが、父は「今年来た年賀状を見て、電話帳を整理することにしているから自分で拾ってもいい」と言っていた。無事、データが移行できて、店員さんから「170件は無理ですよ」と言われ、あとは消せばいいだけになった。

 

帰りに「飯でも食おうよ」と誘ってくれたのだが、私も平日の休みには色々用事があるので、待ち時間の間に父とじっくり話もできたことだし「また時間を見てそっちに行くわ」と、駅で別れた。

 

今回、一括で支払った理由は、夫がガラホを変えた時にauショップで「すみません。ついでと言ってはなんですが…」と、データ移行中に尋ねると、「それだったら一括の方がお父様に負担がなくなると思います」と言われたからだ。

 

父の携帯は、恐らく蓋関係が皆はずれていたのだろう。セロハンテープで何か所も止めてあった。9年前だったら耳の手術をする前後であろう。うちと同じauにして貰ったのは、ショップが近いからだ。

 

今早速電話がかかってきた。「短縮ダイヤルをお前の携帯にしてテストした」繋がるよね(笑)

3番まである番号を私・下・誰か親戚に設定しているんじゃないかと思う。

「あ、5分以内だ」と焦って、母が変わったけれど短めに話をして電話を切った。

 

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「皆そういう世代なの!」

遠距離通学だった高校の同期生たちが結婚して比較的近くにいる。今でも交誼がある(私がバタバタと忙しくてここ数年会っていないが)同期たちも子供がそれぞれ大学生になる・大学生なう・卒業した…似たようなライフスタイル。

 

ということは自分たち(配偶者)の親も似たようなものだと、今日、同期生の家に行って分かった。

 

「近くには来てるだけど、介護の話で終わっちゃってなかなか寄れなかった」

「うちの父も認知だよ。ま、80歳過ぎてるしね」

 

お互いの子供たちの話をしつつ(彼女の子供とうちの子供は同級生)バカな話で盛り上がる。

 

「ねえ。思ったより50歳って若くない?」と同期。仕事帰りなのでエレガント。

「確かにばばくさくはないよね?」体育会系スタイルの私はすっぴん(^_^;)

※言い訳ですが、私たち、50歳はちょいと過ぎています※

 

同期は高校卒業後も私の両親と仲良くしてくれていて、父が入院した時は心配してメールをくれたこともあった。

 

そういえば扶養を外れて働いているのって私だけだ。

 

それはうちの事情で、年金を貰いながら仕事をしている歳の差夫婦だから仕方がない。

そして、それもどうでもいいことになってしまった。

 

「いつ休みなの?っていつも忙しそうだけどさ。もう1人は専業主婦だからいつでも声かけられるよ。ご飯でも行こうよ~」

 

行きたいっ!同期とは無縁な私としては行きたいものだ。

 

皆そういう世代って書いたけれど、何も介護だけじゃない。配偶者が病気になったりしたこともある。子供たちが育っていく中でぶつかる問題も沢山ある。

 

同期の1人が海外赴任に同行していて、一時帰国の時に子連れでカラオケに行っていた時期があった。

未就学児7人・保護者4人。(うちだけひとりっこ)それは賑やかを超えてうるさいだけのカラオケだった。

この時は介護のことなんて考えもしなかったよね。親も60代だったから。

 

でも何となく海外赴任(今は中部地方)の子は別としても、転勤のない配偶者の3人、実家まで車で20分くらいのところに住んでいる。他の同期もそういえば市内だったりする。

 

子供を預けようと考えたわけではなく、うちは何かあった時に駆けつけられるような場所を選んだ。

まさかその2年後に母がうつ病になるとは想像もしていなかった。多分皆、色々なことを乗り越えているんだろうな。

 

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年末年始。

あけましておめでとうございます。よき一年が過ごせますようにお祈り申し上げます。

 

私は年末に実家に電話をして、下が来ているということで両親・特に母がご機嫌な様子を電話で確認して少しほっとしている。年始は子供が家に帰ってきてはあれこれ騒々しく過ごしているので、仕事始めまでに電話をして、様子を確認しようと思っている。

 

電話の先の母は本当に普通のおばあちゃん。しゃきしゃき喋る。でも何かがあると下向きになってしまう。人が来ることに対して、きっと身内だけでいいと思っているのだろう。下も恐らく生家に寄ってから配偶者の実家へと向かったのであろうと思う。

 

年賀状に一言を添えてある父と下だったけど、今回はそれもない。私も友人にしか一言が書けなかった。何よりびっくりしたのは、先日インストールした年賀状ソフトの中で、送り主の名前を入れなくてはならなかったのだろうか?

夫婦連名が父だけになっていて、ある意味色々なことを考えてしまった。うっかりだと考えるしかない。もう余計な想像をしても仕方がない。80歳の父がWindows8で作っているだけ大したものだと思っている。

 

実は私自身が年末に急に異動願いが出て、クリスマス過ぎが大騒ぎになっていた。介護減職はするが、結局は隔週になるかそれ以上かもしれない。人手不足の兼ね合いもあり、3月以降はどうなるかは振り出しに戻った感。

 

母はデイサービスを増やして欲しいと懇願したそうだ。どれだけ楽しいのだろう。父との空間から齢77にしてでようとしている。歌が好きなのだが、「カラオケね・・・そういえば随分行ってないわね」と呟く。何もかもが楽しいと思えるように、母は夫のことまで気遣う。

 

少しずつ落ち着きを定着させようとしている母。家長として頑張る父を応援したいと思う。

 

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