***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

週2回のデイサービスに通い始めた母。

毎月第2週がケアマネさんとの話をする日で、3月はまだ週1回かな…と思っていたら、3月の第3週くらいから行きだしたらしい。というのは私が4月の頭まで子供のことでてんてこ舞いになるわ、私自身も体調が今一つに加えて色々あったから、下からのメッセージを読んで、「え、週2回行ってるんだ」と知ったのが4月2日(-_-;)

 

元々通っている日と違って、超高齢者や障害を持つ方もいることにどうやら抵抗を示している母。そういうところが私とぶつかる点なのだが、下には愚痴をこぼして「やめようかな」と言ったとか。

そこで私は気づく。

母は身内の中でも80歳を超えた人を知らないし、身体障害を持つ方と関わりを持ったことがない。父の姉2人が該当するのだが、5年ほど前に会って「そうそうは会えなくなるね」と旅行をしたと聞いている。

反して私は仕事の中で90歳を超えている方と接することがあるし(80代は当たり前)学生の時から障害を持つ方と接する機会は多かったので、仕事以外のお世話を焼いてしまう傾向にある。

 

ともあれ「食べ方が…」とか「いびきが…」と言う母に対して、「そういう利用者さんがいるということを踏まえて参加すればいいの。お母さんはお世話好きだけどどうしていいのか分からないんでしょう?そこはデイの方がベテランなんだから、今まで通りのことをしていけばいいでしょ?」と話しておいた。

 

曜日によって利用者さんの色々な違いが出てくる。母が希望した曜日は母にとって二極に思うのだろう。実際、利用者さんに応じて内容を変えたりしてデイサービスも稼働しているわけだから、母のどうしても出てしまう我儘に対しては少しずつ、やんわりと諫めていく必要性もある。だから私はやはり優しくないお姉ちゃんなんだろうなと思いながら、父の様子も見ながら話をしている。

 

週2日行くようになれば、いい加減おしゃれの虫も騒ぎ出すだろう。そのうち洋服を買いに連れ出そうかと、夫と話しているところだ。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

謝ることはない。それが自然なことだから。

先日、バイト先に飛び込みで患者さんがいらした。受付時間内なので断ることはしないが、診療中の方がいるので少し待つとご家族に話して座って貰っていた。

急いで連れてきたらしく保険証だけを持っていたので、検索してカルテを出した。古くから来ておられる方で、最終来院は1年ほど前だったが…目が違う。それはかつて私が仕事をしていたところでよく見ていた目で、時々母もそんな目をすることがある。

 

認知症なんだということは言われなくても分かった。落ち着きなく何度も同じことを言う。

ご家族が宥めているので、「中に一緒にお入りください」とお願いした。私は前の患者さんと今後のことを話す必要があったからDr.に少し任せて、方針を話して速攻戻った。

 

治療をする間も時々不穏になるが、慣れているところなので(誰が誰かは分かっていなくても)雰囲気で安心してくれたのだろう。Dr.にはやって貰わなないと仕事が終わらないものもあり、私が途中で変わって話をしながら戻ってくるまでの間をつないでいた。

 

ご家族もかかっている。私も直接治療に関わっているので、話しやすかったのか、ホッとしてくれたのか。

・昨年の夏から認知症が始まったこと

・デイサービスに通っていること

 

「気になったらそこで止まってしまうのが認知症の方です。気にしなくていいんです。むしろ治療に対して積極的だからこちらもやりやすいんですよ」とご家族に話し、付け加えて「私の母も要介護持ってますよ」と、年もそれほど変わらないので付け加えた。前に介護系の職をしていたことも伝えると、「そうだったんですね。慣れている感じが見えました」そうなのかな?と思う。

 

ああ、きっと私は誰かの杖になれるのであれば、持てるものを体力も含めて出そうとするんだな。

フル回転ではできないけれど(これは母の介護でも同じ)Dr.を慕って不自由な身体で、遠くからタクシーで来てくれるというのはありがたいことなんだ。勤め先ではそういう体制でいる。在宅をしていないクリニックでできるMaxを提供していくのが多分、私のライフワークの1つだろう。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

父の介護認定結果。

私の住まいに届けられた書類を開けると、

要支援1・負担割合2割 という内容の結果だった。

 

ansinkaigo.jp

 

今年81歳になる人が昔の通りには行かないから何らかの支援を市町村で少しできますよということだと受け止めた。

だから今週は休みの日に地域包括支援センターに連絡をして(ケアマネさんはつかない)その前に父に話をして、何かあった時に母へのサポートはできるよということを伝えないとならない。

ちょうど火曜日の午後に実家に行くので、母のケアマネさんには明日の朝にとりあえず連絡を入れておかなくてはならない。

 

この仕組みを父に話すのは困難を極める。下が事前に資料を送っているが…読んでいるとは思えない。そして母には「お父さんだっていつまでも若いわけじゃないという結果です」と伝えよう。

 

とりあえず下が関東に来た。子供は就職して自宅から出た。でも私の仕事が全く落ち着かない。

親の介護・看病と子育ての間に挟まれた方が退職を選んだのを見ている。これ以上の負担は私には相当きつい。やっとペースダウンをしたのにまた…ではダメなのだと、事情を幹部に話すしかないだろうな。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

燃え尽きている暇はない。

母がうつ病になった元々のきっかけは、

 

kanade15.hatenablog.com

 

実家の周りで自宅から通勤していたのは私だけで、殆どが就職を機に会社の寮に入ったり、ひとり暮らしをしていた。下がその典型的なパターンなのだが、この春から私も就職を機に家を出る子供の母親になる。

今日、転出届を貰ってきた。4月1日に臨時開所があるので、転入届はそちらでだせるように準備だけは私がしたが、荷物は「…」の状態。3月になって決めたことなので、昨年の短期間ひとり暮らしのように何度か家と新居を往復するか、荷物を送るしかない。

(ちなみに今、子供は卒業旅行から帰ってくるところ)

 

母をずっと見て来て、仕事をしていて別の趣味を持ちなさいと皆に言われてきた。それは自分の持病との関係もあるから、仕事を続けていく上で必要な薬以外の課金である。子供が扶養家族ではなくなったらそれをもう少し増やそうとずっと計画をしていた。そして両親の介護にももう少し介入できるはずだと思っていた。

 

ある職場での人手の問題に私が巻き込まれてしまい、折衷案を出して、5月からそれは施行される。夫の仕事は4月から閑散期になってくるらしいので、家事分担を彼に依頼することも増えるだろう。若い時と変わらない生活がまだまだ続くので、仕事に対しての上を狙う感よりも現状をどう打開して仕事をして行くかの方で頭を使わなくてはならない。

 

どうやら両親はそういう私の体制が面白くない。

男が働いて女は家にいるという概念を今更古いと言っても理解できるわけがない。

ましてや私が何があってもスポーツクラブに行くことに対しての理解は求めない。家族が支援してくれるので(割と体育会系な家)それくらいいいだろう?と続けることにしている。

 

夫は私よりずっと年上で、体力的にきついんじゃないかと思える状況で仕事を頑張ってくれている。忙しさに波がある職種だから、時間がある時かつ私の休み(時には休みを取るが)に近場で出かけようかと私が言った。理由は夫の方が燃え尽きてしまう可能性があるからだ。子供とのいい関係は夫の方が強かった。だから子供ロスで寂しいとなったら私はもう、お手上げになるし、真剣に社員登用をどこかで考えなくてはならなくなるから介護どころの話ではなくなる。

 

下が明日には関東に来る。年度末は忙しく、新年度も暫くこのままだろう。

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

【Another Story】親が病気になった時。

保活に失敗して幼稚園に入れたAさん。フルタイムの仕事を続けられたのは近くに実母がいて、お子さんを見て貰えたからだ。朝は自分でバスに乗せてから出勤し、帰りは無理なのでお迎えもその後も頼んで1年が経った。

実父が病気になり、今後を考えるとお子さんを頼むことが実母には相当な負担を強いることになる。

それは子育てと仕事の両立に終焉を見たことに他ならない。

 

お子さんはママが帰ってくるまでおばあちゃんと過ごす。幼稚園のことを考えると夕ご飯は祖父母のおうちで食べていたのかもしれない。Aさんは「旦那と私の分は総菜が殆どです。休みの日くらいですよ、作れるのは」と常々言っていた。

 

60代の親御さんにお子さんを預ける限界が出た時、Sさんが選んだのは退職という話を先日、聞いた。

 

医療系の仕事は終わるまでは帰ることができない。仮に保育園に入れたとしても、現状はお迎えが遅いだけで、やはり実母に頼むしかなかっただろう。ご主人が迎えに行くことも時間的に難しかったのかもしれない。

 

ここでお子さんを保育園に変えるというのは無理だし、Aさんもそこまではしたくないだろう。数週間前に課外授業の話を「意外と子供が楽しみにしてるんです。4月まで持つかしら…このテキスト」と仰っていたのを笑いながら聞いていた。その後の話は私の耳には入っていない。

 

私は出産と同時に仕事を辞めて、復職するまでに10年以上のブランクがある。

それは母がうつ病であった期間が半分以上あり、とても子供を頼むことができなかった。

父はまだ現役で仕事をしていたし、勤務先に託児所(院内保育園)はなかったし、近くではなかったから、むしろ周りから「一回やめなさい」と言われた。

母の病院が遠くなった時に、幼稚園の迎えの時間と面会時間を考えると、とても行けないと父に話したが、母は「あんたは一向に来なかった」とあくまでも自分中心で責められたことを今でも覚えている。

 

保育ママを頼んでまで仕事をAさんがしなくてはならないという家庭上での理由はない。

資格を持ちながらも今後、復職するとしたら2年以上先だろう。学童保育に入れられるかどうかという更なる難関があるが、今はきっと、お子さんと向き合う時期なんだと思う。

 

いつか離れていくから。今は傍にいてあげたい。親も見てあげたい。

その合致を見た時に出すのは退職願なのかと思う。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

空きができたデイサービス。

先週、ケアマネさんから電話があり、「増やそうと思っている曜日のデイサービスに空きが出たけれど、どうしますか?」という内容だった。それは父の介護申請をしていることに対して、日々一緒にいる母が「お父さんをひとりにはしておけない」と、今年は消極的になっていったことを聞いているからだ。

デイサービスに行く効果はとてもあるので、子供たちは増やして欲しい。父に関することが火の元等だったら弁当を買いに行けばいい。そんなことを下と話してからまず私が実家に電話を入れた。

 

…案の定、週に1日でいいと言われた。

ただその理由がいくつかあって、

①お父さんをひとりにしておけない。

↑それは母がキッチンで父に何かを頼んでいる時に忘れてTVの番人に戻ったからであって、このあたりが母の病態なのかも知れないが「1回の出来事に固執する」ことでこちらの提案を断ったり、果ては周りとの付き合いすら(自覚のないまま)遠ざけている。

②お金がかかる。

↑この件に関しては下と話をして、週1の現在でも子供が負担をする予定にしている。今は母の口座から引き落としなのだが、そのために父が通帳を持ち歩く危険を考えると、額面に関わらず私の方で(キーパーソンなので)振り込む形を取りたいと父に話をしなくてはならない。自分で抱えてしまって実は子供たちは何もお金が触れないという状態の方が困る。

※この件に関して※

私は同じ分野を2箇所で仕事をしたことがある。診療をしたら当然、請求書が出てお支払いというものが生じる。

Aというところでは同僚が現金のやり取りを嫌がるので、口座引き落としにするように指示された。

利用者さんのご家族は本人の口座を記載してくるが、引き落としができなくなる事情だって生じる。

亡くなった時だ。何回か引き落としをかけても落ちない場合はご家族に連絡をする必要がある。

Bというところはそういうパターンを経験している方がいたので、基本が現金であとは振り込みをお願いしていた。

③医者代がかかる。

↑下は電話をするたびに言われるそうだが、毎年この時期にはこれが出る。それ相応に対処していくべきなのだが、一向にここが変わらない。介護認定を受ける前は「…」だったと思う。

④お金の使い方。

↑昨年、近くにあった大型店が閉店したので、確かに衣類等の買い物は不自由だと思う。バスで買い物に2人で行くにも、父は元々飽きっぽくてすぐにその場所からいなくなる。「医者に行く時に新しい肌着がいいでしょ?」いやいや、そう思ってはいないよ。

それよりもびっくりしたのは生協の食材の買いだめっぷり。私も実家と違う生協を使っているが、そこまでは買わない。仕事のシフトの関係でスーパーに行けるのは週に1回程度(夫が買い物に出てくれるので)だが、よくまあこんなに冷凍庫に入れておいて、食べる時間があるのか?と思うくらい。

 

ということを打ちながら、実家の夕飯が終わるのを待っている私。流石に父の件も加わり、体調が整わない。多分行かないというのは分かっているが、一応約束だから電話を後でかけよう。

うちの夕食の時間ですけどね…。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

過日の内視鏡検査の件。

ケアマネさんを交えての会議のため今週も実家に行った。

父が母が受けた検査結果と出された薬をケアマネさんに見せていた。大腸ポリープがあったことと、出された薬でお通じが良くなったと、検査をしてくれた病院を持ちあげている。

私とケアマネさんは出ている薬に愁眉。それはお通じいいわ、下剤だもの。

「暖かくなるから少しお散歩するといいんじゃない?」と、コタツから足を出さない夫婦に私は助言した。

 

大腸の内視鏡だから前日から洗浄液を飲むように言われていたそうだが、その指示を忘れて検査日に病院に行ったということから眉間のしわは増えて行った。当時殆ど食事をとれていなかったので病院で飲んで、綺麗になるのを待っての検査だったとか。父がマーカーのピンクの文字を理解しきれなかったのだろう。母は話を聞いていたのでおかしいと思いつつ、父のペースに乗って早く寝るようにしたそうだ。

そちらは良心的で、通院が遠いから近くのかかりつけに行ってくださって構いませんよと言われたのはいいが…父は知らなかったのだ。母のかかりつけでも内視鏡検査をやってくれることに。ただ痔を見て貰おうと思って出向いたことが逆効果になってしまったのは…私も頭を抱えてしまった。

 

今後はどこかの病院に行こうと思ったら私に相談して欲しい!

 

母が通っている(医療保護入院をした)精神科を探したのは下である。専門中の専門だからこちらに対しては私は高く評価をしている。

母のかかりつけの内科でも気にしているのが、きょうだいではもういい加減にして欲しい耳鼻科通いの件だ。この介護生活の中で恐らく誰もが気にかけている案件と化している。

 

父は近所の人に病院のことを聞いては母を連れて行っている現在で、耳鼻科も誰かから聞いてきた。

まず私は最初から反対していたのだが、代わりにどこへ行けばいいかと問われると、私が行ったことがある耳鼻科は、父がかつて手術をした大学病院しかない。

また、実家が市境ということで市内の医療機関にかかるとなると不便になるが、今通っている耳鼻科もバスの乗り継ぎなので、探そうと思えば探すことはできるだろう。

 

 

閑話休題

5月からは実家に行く日が月に2回しか選べなくなってしまうが、その代わり少し早めに行くことはできるようになる。

今日は母が帰り際に加湿器の掃除の件を相談してきたので、2台、掃除をしてきた。中の水はよどんでいる。これで喘息患者の加湿をしているかと思うとぞっとする。買い物云々よりも生活の中での介入の必要性が増したことは言うまでもない。

実家にケアマネさんが来る少し前に地震があった。父と私は分かっているのに、父はとんでもない時間を言う。「はい?」口答えをしたらキレるのでおとなしく正しい答えを導くようにすることしかできない。父の方がこれからは大変になるんじゃないかなと覚悟を決めて、自宅へと戻った。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain