***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

高齢うつ状態から脱却させるために。

母に七分袖のブラウスを買ってから実家に出向き、渡すと涙ぐんで受け取り、「私うつなの」と言われてしまうと、何があったのかと考えてしまうのだが、色々と考えて連休の間に動いていたらしい。

その後ケアマネさんも来て、デイサービスの方から「休みがちだ」と言う連絡を聞き、前回の件もあり、話を詰めた。

 

kanade15.hatenablog.com

 

デイサービスを週1日に戻すことでリセットを図ることにした。ケアマネさんからの提案ではあるが、やはり高齢者とはいえ年代の差は軽度認知障害でありうつ病の母にはそう簡単に受け入れられることではなかった。後述する話で曜日を変えることもできるが今しばらくは週1日での利用をお願いするということである。

 

父が日中、母と散歩をしないのは、出会った人に今は泣き出してしまうからだ。そんなことも垣間見たが、デイサービスはもう少し落ち着いたら、曜日を変えて参加できればいいんじゃないかと思っている。

 

話はさかのぼるが、母はバスを乗り継いである耳鼻科にかかっていた。蓄膿症という診断だったそうだが、好転しているとは思えない。父が付き添うことにも流石に疲れ、週2日をこちらも週1日にしたのだが、母の内科の主治医に相談して、大きな病院で見て貰った。

 

蓄膿ではない。鼻中隔が少し曲がっているので鼻が詰まりやすいだけだ。

点鼻薬を処方された。

 

 

kanade15.hatenablog.com

 

そちらで口腔外科を受診するように言われてカンジダが再発したとのことで、再度同じうがい薬を処方された。

 

そして耳鼻科も口腔外科も3週間後の予約になっている。

 

そんなわけで今までの耳鼻科には行かないことになって、私がホッとしている。

耳鼻科に行くこと3件目でやっとレントゲンを撮って分かったという現実に呆れてもいる。

 

ふりだしに戻ったわけではない。母に見合う環境を構築していくことは肝要なのだと現実を直視し、今月はもう1日行けそうなので、遊びに行こうかとも考えている。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

GWは実家に行けないまま。

とはいっても連休明けには行くのだが、仕事だったり、自分の用事だったり、子供が洋服を取りにきたりして、本当に休んだのは今日だった。

いや、実際は4日~6日は休みで、合間に子供の部屋の不用品処分をしていたけれどね。

 

子供に母の日のプレゼントの希望を聞かれて、私も母に何かと考えた。

デイサービスに週2にで行くようになれば当然、欲しいのは洋服だろうと想像できるが、母に駅まで来てもらうには父が一緒じゃないと無理だ。

若かりし頃より父は買い物に付き合うという心はなく、以前母に聞くと「何時までに終わるからそこでアイスを食べていて」と、食料品売り場の脇にあるフードコートを指定したらしい。

 

一番の問題は実家の方に年配の女性向けの(サイズもだけど)衣料品店がないこと。

LLサイズなのと好みがあるのであげる方も前から苦労していたし、気に入らないと持って帰らされる可能性が非常に高い。本人同伴じゃないと無理なのは分かっている。

 

めんどくさいなぁ…と呟く私。

 

実は食べ物も喜ばなくなってしまった。和菓子が好きなのだが持って行っても「太るから」と切り返される。下も何度もお土産に文句を言われてついにマンパワーだけ提供するようになった。

 

さて。今度行く時はお小言のひとつも喰らうだろう。覚悟の上だ。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

 

老後を考えるフリーター。

たまたま有料老人ホームのパンフレットを見る機会があり、読んでいると…。

入所一時金:360万円。

月額利用料:約18万円。

これ、何かあった時に出せるんだろうか…と、子供をあてにしない生活にしたいので考え込んでしまった。

 

私は厚生年金を10年加入し、出産後はサラリーマンの妻という国民年金第三号被保険者で、4年前から国民年金第一号被保険者になっている。

退職金としていわゆる確定拠出型年金を全額貰っているので、子供の学資保険にぶち込んで、某大学に納入してしまった。夫の養老保険も同じ運命をたどった。

(返還型奨学金を借りていない)

 

60歳までしか国民年金は納入義務はないというわけで一応焦ってみて、国民年金基金に1口ずつ加入している。こちらの制度が変わって65歳までは掛金を払えるようだが、問題は65歳まで仕事ができるかどうかだ。

いや、65歳支給自体が危ういし、この制度自体が自転車操業なのだから、やはり仕事をして得られる賃金の方があてになると思う。それを運用するしかないのかもしれない。

 

私が出会った年長の同業者で社員さんは何人かいる。身体がきつくないわけはない。子育てが終わっても働く理由は、仕事が好きだというものだけでもなく、うちと同じように子供の学費と住宅ローンで働かざるを得ないとか、配偶者との別離もあるだろう。

 

不安定な夫の収入で我儘を聞いて貰ってのフリーター生活を、上記の意味合いを考えるといつまでできるか分からない。それでも「週に1日でもおいで」と言ってくれる経営者たちに恵まれて今がある。もう少し自分に自信を持てた時に考えようと思っている。とりあえず来年の夏までは今の調子で、身体第一に節約生活を送って…まあ、色々情報は集めるけれど、何せ資本金がないので(笑)地道に働いていこう。

 

もし私が入る時は、LANがないと駄目です!

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

 

週2回のデイサービスに通い始めた母。

毎月第2週がケアマネさんとの話をする日で、3月はまだ週1回かな…と思っていたら、3月の第3週くらいから行きだしたらしい。というのは私が4月の頭まで子供のことでてんてこ舞いになるわ、私自身も体調が今一つに加えて色々あったから、下からのメッセージを読んで、「え、週2回行ってるんだ」と知ったのが4月2日(-_-;)

 

元々通っている日と違って、超高齢者や障害を持つ方もいることにどうやら抵抗を示している母。そういうところが私とぶつかる点なのだが、下には愚痴をこぼして「やめようかな」と言ったとか。

そこで私は気づく。

母は身内の中でも80歳を超えた人を知らないし、身体障害を持つ方と関わりを持ったことがない。父の姉2人が該当するのだが、5年ほど前に会って「そうそうは会えなくなるね」と旅行をしたと聞いている。

反して私は仕事の中で90歳を超えている方と接することがあるし(80代は当たり前)学生の時から障害を持つ方と接する機会は多かったので、仕事以外のお世話を焼いてしまう傾向にある。

 

ともあれ「食べ方が…」とか「いびきが…」と言う母に対して、「そういう利用者さんがいるということを踏まえて参加すればいいの。お母さんはお世話好きだけどどうしていいのか分からないんでしょう?そこはデイの方がベテランなんだから、今まで通りのことをしていけばいいでしょ?」と話しておいた。

 

曜日によって利用者さんの色々な違いが出てくる。母が希望した曜日は母にとって二極に思うのだろう。実際、利用者さんに応じて内容を変えたりしてデイサービスも稼働しているわけだから、母のどうしても出てしまう我儘に対しては少しずつ、やんわりと諫めていく必要性もある。だから私はやはり優しくないお姉ちゃんなんだろうなと思いながら、父の様子も見ながら話をしている。

 

週2日行くようになれば、いい加減おしゃれの虫も騒ぎ出すだろう。そのうち洋服を買いに連れ出そうかと、夫と話しているところだ。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

謝ることはない。それが自然なことだから。

先日、バイト先に飛び込みで患者さんがいらした。受付時間内なので断ることはしないが、診療中の方がいるので少し待つとご家族に話して座って貰っていた。

急いで連れてきたらしく保険証だけを持っていたので、検索してカルテを出した。古くから来ておられる方で、最終来院は1年ほど前だったが…目が違う。それはかつて私が仕事をしていたところでよく見ていた目で、時々母もそんな目をすることがある。

 

認知症なんだということは言われなくても分かった。落ち着きなく何度も同じことを言う。

ご家族が宥めているので、「中に一緒にお入りください」とお願いした。私は前の患者さんと今後のことを話す必要があったからDr.に少し任せて、方針を話して速攻戻った。

 

治療をする間も時々不穏になるが、慣れているところなので(誰が誰かは分かっていなくても)雰囲気で安心してくれたのだろう。Dr.にはやって貰わなないと仕事が終わらないものもあり、私が途中で変わって話をしながら戻ってくるまでの間をつないでいた。

 

ご家族もかかっている。私も直接治療に関わっているので、話しやすかったのか、ホッとしてくれたのか。

・昨年の夏から認知症が始まったこと

・デイサービスに通っていること

 

「気になったらそこで止まってしまうのが認知症の方です。気にしなくていいんです。むしろ治療に対して積極的だからこちらもやりやすいんですよ」とご家族に話し、付け加えて「私の母も要介護持ってますよ」と、年もそれほど変わらないので付け加えた。前に介護系の職をしていたことも伝えると、「そうだったんですね。慣れている感じが見えました」そうなのかな?と思う。

 

ああ、きっと私は誰かの杖になれるのであれば、持てるものを体力も含めて出そうとするんだな。

フル回転ではできないけれど(これは母の介護でも同じ)Dr.を慕って不自由な身体で、遠くからタクシーで来てくれるというのはありがたいことなんだ。勤め先ではそういう体制でいる。在宅をしていないクリニックでできるMaxを提供していくのが多分、私のライフワークの1つだろう。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

父の介護認定結果。

私の住まいに届けられた書類を開けると、

要支援1・負担割合2割 という内容の結果だった。

 

ansinkaigo.jp

 

今年81歳になる人が昔の通りには行かないから何らかの支援を市町村で少しできますよということだと受け止めた。

だから今週は休みの日に地域包括支援センターに連絡をして(ケアマネさんはつかない)その前に父に話をして、何かあった時に母へのサポートはできるよということを伝えないとならない。

ちょうど火曜日の午後に実家に行くので、母のケアマネさんには明日の朝にとりあえず連絡を入れておかなくてはならない。

 

この仕組みを父に話すのは困難を極める。下が事前に資料を送っているが…読んでいるとは思えない。そして母には「お父さんだっていつまでも若いわけじゃないという結果です」と伝えよう。

 

とりあえず下が関東に来た。子供は就職して自宅から出た。でも私の仕事が全く落ち着かない。

親の介護・看病と子育ての間に挟まれた方が退職を選んだのを見ている。これ以上の負担は私には相当きつい。やっとペースダウンをしたのにまた…ではダメなのだと、事情を幹部に話すしかないだろうな。

 

f:id:kanade15:20171217094422j:plain

 

燃え尽きている暇はない。

母がうつ病になった元々のきっかけは、

 

kanade15.hatenablog.com

 

実家の周りで自宅から通勤していたのは私だけで、殆どが就職を機に会社の寮に入ったり、ひとり暮らしをしていた。下がその典型的なパターンなのだが、この春から私も就職を機に家を出る子供の母親になる。

今日、転出届を貰ってきた。4月1日に臨時開所があるので、転入届はそちらでだせるように準備だけは私がしたが、荷物は「…」の状態。3月になって決めたことなので、昨年の短期間ひとり暮らしのように何度か家と新居を往復するか、荷物を送るしかない。

(ちなみに今、子供は卒業旅行から帰ってくるところ)

 

母をずっと見て来て、仕事をしていて別の趣味を持ちなさいと皆に言われてきた。それは自分の持病との関係もあるから、仕事を続けていく上で必要な薬以外の課金である。子供が扶養家族ではなくなったらそれをもう少し増やそうとずっと計画をしていた。そして両親の介護にももう少し介入できるはずだと思っていた。

 

ある職場での人手の問題に私が巻き込まれてしまい、折衷案を出して、5月からそれは施行される。夫の仕事は4月から閑散期になってくるらしいので、家事分担を彼に依頼することも増えるだろう。若い時と変わらない生活がまだまだ続くので、仕事に対しての上を狙う感よりも現状をどう打開して仕事をして行くかの方で頭を使わなくてはならない。

 

どうやら両親はそういう私の体制が面白くない。

男が働いて女は家にいるという概念を今更古いと言っても理解できるわけがない。

ましてや私が何があってもスポーツクラブに行くことに対しての理解は求めない。家族が支援してくれるので(割と体育会系な家)それくらいいいだろう?と続けることにしている。

 

夫は私よりずっと年上で、体力的にきついんじゃないかと思える状況で仕事を頑張ってくれている。忙しさに波がある職種だから、時間がある時かつ私の休み(時には休みを取るが)に近場で出かけようかと私が言った。理由は夫の方が燃え尽きてしまう可能性があるからだ。子供とのいい関係は夫の方が強かった。だから子供ロスで寂しいとなったら私はもう、お手上げになるし、真剣に社員登用をどこかで考えなくてはならなくなるから介護どころの話ではなくなる。

 

下が明日には関東に来る。年度末は忙しく、新年度も暫くこのままだろう。

f:id:kanade15:20171217094422j:plain