***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

【スピンオフ】札幌2泊3日・飛行機とホテルのお話。

旅程としては2日目の学会がメインになるが、とんぼ返りは流石にできない場所なので、仕事を2日休んで出かけてきた。

羽田よりは成田の方がアクセスが良いため、飛行機は成田発着。

 

ここで大事件。荷物に貼るタグを渡されてしまい、預けた荷物にはないと大騒ぎ。(私のせいだろうか、未だ疑問に思っている)キャリーについていたはずの鍵は恐らく確認のために切ったのだろう。

新千歳に着いた時に外れるわけはなく、ちょっと「…」だった。

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hands+のキャリーケース 37リットル ポケット部には保護材が入っていてノートPCを入れて行った。2泊用だけど帰りは閉めるのが大変だった。大型機だったら機内持ち込みOKのサイズ。

 

早割でJALANAをとれた。ただ仕事の後で羽田に向かうのもきついことと、帰りを成田着にするとそれこそまたとんぼ返りになるダイヤのため、LCCしか取れない状態だった。

 

今回、泊まったビジネスホテルは、

www.superhotel.co.jp

 

連泊で26600円。こちらも早めにとっておいた。

まさか札幌のお祭りがあり、翌日にミスチルのドームツアーがあるとは、とった時は全く知らなかった。

 

会場へのアクセスが良かった(実際はタクったけど)ことと、かつて他のところでスーパーホテルを利用している友人からの勧め。温泉は男女で時間が決まっている。

ホテル内でWi-Fiを使って、持って行ったデジカメから取り込んで写真の整理。Photoshopこちらには入れていないので、あくまでも取り込んで、他のソフトでリサイズしてブログを更新していた。

 

ここで着ていた洋服と持って行った洋服の実際の話。

・1日目=半袖のVネックニットとジョガーパンツ。ロングカーディガンはバッグの中。札幌駅についてから着こんだ。

・2日目=長袖のVネックニットとワイドパンツ。昼間はカーディガンはいらなかった。

・3日目=長袖のスキッパーシャツと初日に来ていたジョガーパンツ。機内では不要だったが成田が思ったより寒くて、手荷物に入りきらなかったため、キャリーが来るまでは震えていた(笑)

 

それ以外にはエアリズムインナー・パジャマ用としてのスポーツウエアとZARAのMA-1。これは夜に大変重宝した。ウルトラライトダウンは結局、着なかった。

 

トップスはローリーズファームでパンツ類はUNIQLO (((o(*゚▽゚*)o)))

 

余談だけど、平生私はPASMOを使っている。小銭が面倒なので買い物もPASMO。でも誰かに「Suicaの方がいいかもしれない。オールマイティーに使えるから」と言われて、Suicaを持参した。

大抵のところはOKだったけれど、とあるファストフード店で「JR系でしたら使えます」と言われたことを思うと、友人の慧眼は流石だと思った。

 

 

 

父との曖昧なる確執。

もうじき父は80歳になる。リーダーシップを取ることが好きで、運動は野球に始まり、一時はゴルフ会員権を買って、夫とその周りの人を連れて行く。車は何があっても自分で運転する人だった。

家庭の中でも同じで、自分が何もかも決める絶対権利を行使してきた。

 

思えば母が最初に”燃え尽き症候群”と言われて心療内科のある病院で入退院を繰り返していた時に、私と下が何度も父に「精神科じゃないと無理だと思う」と進言してきた。

 

seseragi-mentalclinic.com

 

入院する前に出るのが食欲不振。当初は泣いたりすることはなかったが、身体症状よりも精神症状が強くなってきたからだ。

当人たちが(特に父が)精神科という言葉を受け入れない。母は10年近く苦しんできたから転院したいと申し出て、その時にいつも入院していた病院に心療内科の常勤医師がいなくなったので、バイトの医師が紹介してくれたのが、他のところにクリニックを持つ精神科だった。

「2ヶ月で治します」と担当の医師に言われたそうだ。その通りで(入院日数の問題もあったのだろうか?)退院し、自宅に比較的近いクリニックに通い始めた。

 

その1年後。父と私が電話で話をしている時に、「ちょっと気持ち悪いから切る」と電話を切った。

5分経ってかけ直すと母がうろたえている様子がすぐに分かった。「戻しちゃって…どうしよう」「救急車を呼びなさい!お母さんは携帯を持って出るんだよ」と伝え、実際に救急車を呼ぶところまで母はやって、搬送に時間がかかったのだが(市をまたいだため)病院へは私がおっつけ向かった。

 

処置室の前でぽつんと座っていた母に声をかけた。「パパと孫は?」「置いてきたよ。孫は寝る時間だからね」と、処置の様子と医師の話を私が聞き、父は数日の入院となった。保証人として夫がいつもなっていたため(この病院は専業主婦は保証人はNGだった)印鑑持参でいつも駆けつける体制にしている。

母も私も帰宅してから下(当時は都内在住)に連絡をして、「あくまでも自分は母のフォローとして行く」とのことだったので、そのあとは下に任せた。結局脱水だったのだが、3日目に帰宅してまた、外を歩くと言い出すのを我慢させるのが下の役目だった。

 

父が体調を崩すと頼る人がいないと思い込んでしまって母はパニックになる。

そういう母を父は守ろうと健康に留意していた。それが母が好きではないゲートボールだった。母は水中ウォーキングを本当は父としたかったのだろう。でも父は余り水が好きではないから断ったのだと思う。

 

あくまでも俺様主義だね、お父さん。

 

母の介護という現実において、これも繰り返すが父は理解できない。

今までとは違う、自分は老いたと思っていることはいくつもあるのに、母は老いではなくうつだと頑張るが、老年期うつ病だから前とは違うのだ。

説明したって分かるわけはないし、介護サービスの件では何度も説明して、未だ分かっていないこともある。

 

 

kanade15.hatenablog.com

 

実はこの時、母の写真付きマイナンバーカードを申請していなかったため買えなかった。

あれから半年。再度申請して取りに行くのは本人(母)じゃないと駄目なので、今月中に必要書類を揃えて市役所に母を連れて行くと、しつこく聞く私に反発心丸出しで怒鳴っていた。

ケアマネさんに良い話ばかりをふりまこうとしている父。それを見抜いている私とケアマネさん。「それは嘘だ!」と怒る母。不協和音の四重奏になってしまうことも、ケアプラン会議の際はしばしば起こる。

 

もしかして、未だ父は受け入れていないんだろうか?介護サービスを。

そして手続した私にそこはかとなく命じられることは不快でしかないのか?

 

父の一向に直らない嫌な癖がある。

夫の車を、或いは駅まで歩く私を、当人たちより先に外に出て帰りを案じる。

「それねえ…お客さんが来た時に箒を使うか塩をまくレベルだと思うんだけど?」

自分を乱す娘と、巻き込まれている夫。夫は何も言わないけれど、私は相当傷ついている。

だから足が向かないのだ。母だけだったらどれだけ救われるか…。

 

 

 

デイサービスからの手紙。

私が契約者なので、領収書や利用に関しては手紙が毎月来る。今月の手紙の中に「今月の写真」というものが入っていた。市内の公園を散策した母の笑顔の写真だった。

「ああ、カメラの前で笑えるようになったんだ」と、少しおめかしした母の笑顔を好ましく見ていた。

ケアプラン会議の時はケアマネさんに愚痴をこぼしたりすることが多く、涙の顔や恨み節なので、慣れるまでに相当時間がかかったけれど、こちらにしてよかったと改めて思った。

 

今日の会議の時も、本当はもう1日追加したいような希望を見せていた。介護認定更新があり、介護度が変われば(要支援になるとそちらには通えない可能性もある)持ち単位数が減り、自己負担も変わってくる。

 

要介護と要支援とは、どんな状態?

 

母の笑顔の写真を写メって下に送った。同じ感想を抱いたらしい。

 

認知症が進んでいるような顔に見える

 

調査員が一体母をどう見て帰っていったのかは分からない。ちょっと癖のある人で、確かに家族の話(特に私)は聞きたくなさそうなルーティンワークにしか見えなかった。

 

 

kanade15.hatenablog.com

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そういえば皆が言っていた。

「調査員が来るとまともになることあるんだよ」と。

訴えることは訴えた母。デイサービスに通いたい母。

条件は要介護認定だけだ。さて、判定は私が区変を依頼するか否かのブログを書いた時だろう。

 

要介護じゃないとサービスを利用できないシステムが分からない。

家の中に幽閉されたら誰だっておかしくなる。それは母がしばしば口に出す言葉。

実家までのバスに乗るまで、車椅子の高齢者を見て、乗れば杖をついた人が、或いはシルバーカーを押す人を何人見かけただろう?

そうやって買い物という手段で外に出ようとする人もいる。生活のためだけど、本当に必要なのは慣れ親しんだ土地での他者との接触なんじゃないのかな。

 

高齢者が集える場所の多様性が求められていることだけは私もよく分かった。

介護保険制度云々の前にそちらを充実させればいい。70歳までは現役で?いつ何時何が起こるか分からないのは老若男女問わずだろう。身体は確実に老いる。今の団塊の世代は働くことを半ば強いられている。

まるで自分の介護分を働くかのように…。そして私の頃になったらなんてことはもう、考えられない。

 

要介護認定更新 下の巻。

下に当日メールを入れて様子と私がブチ切れたことを伝えたところ、「入浴介助も必要になりますね」と返って来た。あれだけ他者の介入を嫌がっている両親にしてみれば、それを受け入れるかどうか。殊に父は「おれがやる」と言い張るだろうことは見えている。

父は真珠腫性中耳炎の手術を8年ほど前に受けている。進んだ状態での手術だったため、耳から側頭葉が直接見える状態なので、父の入浴事態に私たちは気を揉んでいる。そういう人が入浴介助をすること自体に無理がある。

 

デイサービスには入浴施設があるので、そちらを利用することは可能なのだが、毎日入浴している母が、介護サービスを使って隔日或いは週に2回になるとなったらまた、抵抗するだろう。

全てが見通せることであって、説得する力も尽き果てている私は、ケアマネさんに話をしつつも最終的には下の判断になるので、介護認定いかんでは下に来てもらって(流石に夏は来るだろう)説得工作を頼みたいところだが、昨年徒労に終わったこともあり、無理かな…と覚悟はしている。

 

あの日、帰りの車で気づいたのだが、父も母も「看病はした」けれど、「介護はしたことがない」人たちだ。看病…伯母が意識がなくなっている時に脇で付き添いベッドに寝てみていたという感じ。父の姉夫婦と交代だったので、週に1日(父は2日)出向いていた。おむつを取り替えるのは孫だけだった。本当の意味で介護というものは何かを受け手である母と実際行う父は体験していない未知の世界であるということ。その子供である私と下が「看病も少しして」「介護も少ししている」現実である。

 

さて。私は介護認定更新の時に来た調査員の方に対して、時間の我儘を聞いてもらったが、言われたことにひっかかったのはこれだ。

私は専業主婦ではないことは先にケアマネさん経由で伝えてある。

「隣の市に住んでいて、月1日のケアプラン会議の時しか来られないんですか?」

仕事は週に5日。自宅からも実家からも遠いところに通っている。ケアプランの日はスポーツクラブと通院・或いは実家に行くので、完全オフがあるようなないような毎日。

私は責められているのだろうか?という感触を持ってしまい、段々と凹んでいった。

下は遠いから「無理ですよねえ」と…責められている?と更に凹む私。

 

介護をすると決まった時に、週1日の仕事を2日に減らしたが、それではやっていけないので半日をもう1日増やした。非常勤なので祝日があれば日曜日の仕事も受ける。

 

「申し訳ない。うちも生活があるんです。まだ大学生がいます!これで精いっぱいです」

 

言い切れなかったなぁ…傍で聞き耳を立てている父の脇では。

要介護認定更新 上の巻。

幸い夫が休みだったので車で指定された時間に駆けつけ、書類に記入をしながら市の職員を待っていた。母は夫と談笑している。足の動きは良くないけれど、久しぶりに夫と顔を合わせて(夫は無口な方だが母の話をよく聞いていた。意見はしない人だ)ご機嫌は良い。

けたたましいのは父で、知り合いが突然、寄ったりする。昨年のことを忘れているのか、とりあえず介護保険証を出してもらった。

 

調査員は母の言い分を聞いてくれるのだが、何だろう…立ち合いの元っていう話なのに、私がちょいと覗くと違うことを話している両親の言葉を正しに行くことがお邪魔な様子。前回の介護認定の時と今がどれだけ違うかを知りたいのは分かるのだけど、勘違いに突っ込む時間がないというのは大変困った。

「娘さんは月に1日で、下のお子さんは遠いからたまになんですね」

すみません。私も仕事をしていることと親の病院詣でで時間の折り合いがつかないんです。

 

使っている介護サービスの質問の時に父がとんでもないことを言いだした。

「自分で風呂に入るのが怖いと言うので、今日から一緒に入ります」

母の膝は前回よりは動くけれど、椅子にしか座れない。風呂での立ち座りが限界なのかもしれない。

 

その後は正直言うと、父の老いを感じて、あちらは老いを内面では否定し、介護をする夫を自慢するかのような物言いになってきたので、私と父は険悪な雰囲気になりつつある。

それはそうだ。大事な書類をなくしていることに気づき(2カ月前にはあった)挙句の果てに「お前に預けた」と言い出す始末。私は介護関係の仕事をしていたことがあるので、書類は預からない。本人たちの責任なので…ああ、父はまた、やっちまったなと思った。

 

介護認定の時の審査をお願いするのは精神科になる。前回(初回)は前にかかっていた精神科。現在は昨夏、医療保護入院した経緯を踏まえれば、隔週で行っていることだし、うつだか軽度認知障害だか分からないけれど、適切な判断を貰える医師はこちらにしかいない。

(私)「〇病院の住所と電話番号をくれる?」

(父)この薬を飲んでいると薬情を見せる。

(私)「診察券じゃないと住所とかが分からないんだけど?」

(父)解釈付きで6枚くらい持ってくる。必要な1枚を抜き取ったのは私。

 

この後の両親(特に母)の様子は時間のある折に後述するが、相当面白くなかった父は、まだ私が母と話をしている(泣き出した)のに、夫が車に行ったからとさっさと道路に出て安全確認をしだした。

言いたくはなかったけど、本当に言いたくなかったけど、車が出てから叫んだ。

「くそじじい!」

言ったところで問題は解決しない。少なくとも父にも介護認定を受けさせる時期がそう遠くはないという感触を掴んでしまい、在宅介護の限界も感じている。

コンビニと高齢者。

復職前に勤めていたパート先での話。

いつも納品で忙しい午後に来店し、聞くところによるとポケットに何かを入れて、払うもの(タバコ)はお金を出して帰るという爺さんがいた。上司が中でカメラを見ていて「出しなさい」「持ってない」の押し問答の末、爺さんはついに缶詰を出した。

「二度と来ないでください」にも関わらず、近くに店がないので来店する。警察も介入したことがあるけれど、懲りることがない爺さんは、今度はパートのメンツが変わった時間に来るようになった。

私は午後勤務だったのだが、今度は夕方(学生が多かった)に爺さんが来るので、私服警備員のごとく、爺さんを追いかけて家に帰るというはた迷惑な生活をしていた。

 

爺さんはお金がないわけじゃない。時には弁当を買って帰るし、それなりに年金を貰っている年代だったと思う。怒鳴られる腹いせに、空容器をゴミ箱の脇に置いていく芸当を見せるあたり、しっかりした高齢者だと逆に判断した。くじをやっていれば700円に達してなくてもやろうとする。私が辞める頃は顔を覚えられているのでややビビりつつ来店していた。

 

それ以外にも独居の高齢者がよく来ていた。「お弁当はスーパーのものより美味しい」とか、包材が小さいので独居には使いやすいとか。お弁当は納品された直後のものを買っていく。「毎日は来られないからね」と。店側としては先入れ先出しなのでちょっと困るけれど、私もそういうタイプなので分かる気がする。一時論争になったお弁当の廃棄間近の値引きはしていなかったし、廃棄を極力避ける方向で経営していたと聞いている。

 

 

kanade15.hatenablog.com

 

この事態に生協を使い始めた両親だが、父が面白いことを言っていた。

「いつもおれがかかっている病院で”黒ゴマ黄な粉”を買ってたんだけど、セブンにあるんだよね。だからいつでも買えるよ」

母が退院した直後の自分の通院の日(この時は夫が見てくれていた)に忘れて、私に「買って来てくれ」と頼まれた。ドラッグストアや調剤薬局を探してみたがないので、ネットで取り寄せて届けたことがある。

先月、そのセブンに寄ってみると、何気なく品揃えが高齢者向けになった感を抱いた。大型店が再度建つことは恐らくない。となると、地域性を考えたら品揃えが変わってきても不思議ではない。

駐車場が少ないコンビニなのだが、今でも続いている理由は地域に根差したコンビニという位置づけなのだろう。

【Photo】コンデジ望遠で遊ぶ。

時期はGW。

izumi-park.city.chiba.jp

花はイカリソウ(メギ科)。足元の花を踏みつけるわけにはいかない時もある。そういう時こそ望遠機能が活躍する。

時々東金成東食虫植物群に行く。こちらは絶滅危惧種の花があるのだが、時にいる「足場が悪くて湿原に入って怒られる」いいカメラを持ったおじさんが!(私にとってのおじさんは60歳以上になっている)

 

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こちらが通常版。

 

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こちらが望遠版。ピン甘だけど好きなのは背景がソフトになるから。

 

2つの個体は咲いている場所が異なる。晴天の時は望遠機能がまことに助かる。どうしても入れないところを最大限にして撮影する。風がなかったので何とか撮れたのだが、そううまくいくわけはない。

 

前述の東金成東食虫植物群では、九十九里の海風が吹く。予定して向かった日が必ずしも好天とは限らない。近くではないから「じゃあ来週」は通用しない。花が終わってしまうかもしれない。

風の強い日の望遠こそ気力と体力を使うのは、私がファインダーを覗けないからだ。片方の目に視野欠損が一部あるため、液晶画面で撮るのが95%だから、Nikonの液晶(接写モード)で赤い枠が出たらシャッターはおりない。ひいたりおしたりとズームを合わせて…同じ被写体15枚が無駄になることもある。

 

そんなことを重ねて10年余り。動画分割も昔はやったけれど(鳥の時に役立った)行ける時に行く。その時期の花を撮る。だから余り温室には行かない人が私だ。