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***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

2年ほど前から変わってきた。

誰でも怪我をすれば滅入ったり、当然動けなくなるので不自由を強いられる。

母はうつの原因として考えられるホルモン補充療法を受け、ドグマチールを服用しているので体重増加と運動不足が原因で転んでは骨折したりひびが入ったりすることが多い。腰痛も出ている。

 

お正月には親戚で集まるのだが、ある年からは外で宴席を作るようになり、一昨年申し渡されたのが、「集まるのは今回で最後にするので、来たい人は来てくれたらいい」という文言。これは父からだが、母の精神的な不調によって、人が集まることを嫌がったようだ。そして、連絡を余り私の方には寄越さず、下の方に何かあれば連絡をしていた。

 

父には負い目がある。うつを発症する2年前に子宮全摘出の手術を受けた折に、顔を出してささっと帰ったとか(現役サラリーマンだったのだが…)随分言われたので、うつになってからは、異動があって近くに入院したと、日参して対応していた。

余談だが、母が転院した時は私が行けなくなったのだが(子供が幼稚園児だった)当然とばっちりが来て「あんたは冷たい」に変わっていった。その1年後に私が倒れ、入院こそしなかったが麻酔科に週4日通院することになり、1年間だけ小学生になった子供の面倒と家事を負担してくれた。恐らく精神科への入院から10年余りは何もなく過ごせたのではないだろうか。

 

定年・嘱託を経て家にいるようになった父は、1年ほど前から好きだった趣味の運動をやめ、母を見ていることに決めたので、「介護している誇り」を強調する。ただ今回の異変に関しては一部私が関与して、介護認定を受けてはどうかと提案した。入院させたとしても、車を運転しなくなったので電車で日参できないのだから、行かなければまた、電話攻撃が始まる。だから自宅で見ると言い張る父の助けになればと思ったのだが…こちらに関しては月末に私が立ち会うのでまた、詳細を書けるかと思う。

 

いわゆるママ友もいるご近所の奥さんたちと話をしなくなり、買い物と病院以外は家にいるようになった母。そして人が来るのを避けるようになり、電話には自分で出なくなったのも2年ほど前からである。内に入ってしまった心はそのまま、違う方向へ向かって加速していった。