***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

50年以上前にフラッシュバック。

現実を知ったのは2016年の7月。夫が何気なく「実家に電話してみたら?」の一言が契機となった。正午過ぎ、私がたまたま午後出勤の日に両親それぞれから聞いた話を以下に書く。

 

===2016年の6月下旬に転倒して足を怪我した母の様子が尋常ではない話===

 

<母の話>

(泣きながら)①お父さんが近所の奥さんと浮気している。私を家から出そうとしている。伯母さん(義姉)の遺品を勝手に動かしている。私が病院に1人で行くと、後ろから隠れて様子を見ているのは、その奥さんを家に入れようとしているからだ。

②お父さんには昔、女がたくさんいて子供(水子)がいるはずだから供養しなくてはならない。

③私には両親も祖母もいないから、相談する相手がいない。

④夜中に誰かが来た時のために枕元に包丁を置かなくてはならない。

せん妄が甚だしく、電話の切るタイミングが難しいところで父が代わった。

 

<父の話>

①母の話は事実無根で、1人で出かける意思を尊重しているが、怪我のきっかけは僕の晩酌用ビールを買いに行ったからで、後ろからついていくのは転んだらまた、怪我だけではなく精神的に悪い方向に向かうので、見ているだけである。

②姉さん(すぐ上の姉)のところに電話をして愚痴をこぼしているが、足の怪我が治れば元に戻るだろうと思い、監視しながら日々を送っている。精神科クリニックの医師が変わって相性が余りよくないことも原因かもしれない。

何かすれば邪推になっていく母を父はそろそろ持て余してもいるし、前回書いた義務感で老老介護を”やり遂げる”ことに夢中な様子。80歳近くなってどうなのだろうか?

 

両親の話を聞いてから、実家のある市の地域包括支援センターに電話をして、認知症か精神科の問題かは私は判断できないが、少しでも軽減できればと思い、コンタクトを取った。

当日に様子を見に行ってくれた職員の方と(実際に介護認定を受けるのは数日後だが)担当の職員さんのクイックレスポンスに助かっているが、父が未だに介護認定を何故受けるのかを受け止めていないので、事前に「急には受けられないんだ」という旨を話しておいた。

 

同居していないため、私が立会いの下での介護認定面接になる。平日の休みは1日だけなので、先方とすり合わせた時間を連絡しようとまず、実家の家電にかけたが留守電。父の携帯も繋がらない。昼休みはもうすぐ終わる…ところに父から電話があった。

「お母さんが”何かを探してくる”と急に外に出てしまったので、探して追いかけて家に入れた。今は玄関にいて、出る様子はない」

尋常じゃなくなってきていることが、実家では当たり前になっている。それこそが尋常ではないのだが、父が主張するいくつかのことを聞いているだけでは埒が明かない。ましてや下の子の話は聞くけれど…なので、私は下にメールをして、いくつかの情報を流した。

 

たまたま所用でこちらに来た下がメールをくれた。「確実に何かが進んでいるね。早いところ手を打たないと、父だけではもう、判断もできないだろう」

せん妄状態だと夜中に父の携帯をいじって電話をかけてみる母。ボタン1つで繋がる番号に我が家の家電が入っているのだが…母はそれをどこかの女性と思い込んでいたのだろうか。

 

母の生い立ちは幸せではなかった。継子いじめも経験しているし、結局は祖母(私の曾祖母)の家に戻って暮らし、父と出会ったのだが、積年の不満が今、50年以上前に遡り、せん妄を繰り返している。