***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

お盆の準備。

他県に墓所があり、父が車を手放してからは電車を乗り継いで仏様をお迎えにいくのがこの8年の実家のお盆の準備だった。今日電話をすると、母が出た。ナンバーディスプレイなので我が家の電話は出てくれる。「こんばんは。調子はどう?」「うん。元気よ」「今日は暑かったわね」「そうねぇ…」穏やかな応対をした後、「お父さんは手が空いてるかしら?」と父に代わって貰った。(今日は受話器を奪わなかった)

 

お盆に欠かさず行くのはいいけれど、私が予定のない日(一応2日は開けてある)に行こうかと思っていたが、「下が来てくれる。1泊だけどね。あいつはお盆休みもないんだなぁ…」と、ぼやきつつも心強そうに話している父。「あ、そうなんだ。私も行けるけど…いてもいなくても、休みの時は私も行くよ」と言いかけると、「おいでよ」と少し嬉しそうな声で返事をくれた。

私はここ数年、お盆に実家に帰っていない。下も仕事の関係で出張以外に来ることはできないので、父が一番嬉しいのかもしれない。それだけ心を砕いて身体を張って母をみているのだから…と思うと申し訳ない気持ちになる。

 

以前、下と墓所が遠いので私の家の方に移そうかという話が出たが、これは私たちの一存では決められない。家長である父の意向と(ややこしい事情で)そこに墓所を立てざるを得なかったことを勘案してその話はなくなった。余談だが、我が家に関しては私が”嫁に行った人”で、夫の家ではそこの墓所に入るのが当たり前的に言われているが、今のところ子供に便利のいいように墓地ではない形を考えている。

 

話を戻そう。父の話では、下が病院探しをしているらしい。そして、介護認定を申請していることもあるので、地域包括支援センターに何かを依頼することもできるので、父が抱え込まないようにと説得をしているとのこと。2人で相談して決めた後は、私が手続きにいくような形を準備しているのだと思っている。

 

夫には逐一話をしているが、大学生の子供にはテストが終わってから伝えた。「母が認知症精神疾患か分からないけれどいい状態ではないので、入院させる方向で今、父が面倒を見ている状態だ」と。大学生になってからは数回しか祖父母の家に行っていない子供だけど、祖父母とはこういうものだということを分かるのは実はあの子だけだ。(夫も私も祖父母はいないし、孫は1人だけ)「おばあちゃんの件、分かった」事の重大性は理解できなくとも、私がiPhoneに留守番電話を設定した話を知っているので、何となく分かっただろう。

 

「仕事で高齢者と関わる機会がある私にしかできないことがある」と下が言ったそうだ。かつては「あんたは病院職員だから冷たい」と言われてもう20年以上経つ。経験を糧にしてこれからを考えていくしかない。