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***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

数字が思い出せない母のおしゃれに対する美学。

夏季休暇中はできるだけ顔を出すようにしている。父は毎日、病院詣でをして、母の様子を見て、話をして過ごしている。昨日はばったり(基本時間を合わせて出かけることはない)病院で父と会った。お昼はお盆で業者さんが休みだというので、売店のカップラーメンをもそもそと食べて、時間になってから病棟に向かった。

 

鍵のない部屋に移ってから”自宅の電話番号とかけていい時間”を書いたテレカを渡されている。公衆電話の前の椅子に座って涙ぐんでいた。「●さんに電話をかけたいんだけど電話番号が思い出せない」と。●さんは母は親しく、先日も私がお会いして色々話をしたが、持病の調子が良くないことも伺ったので、「今は●さんが検査を受けたりしているから控えた方がいいわよ」と声をかけて病室に戻った。テレカの度数が余りないので、父が買い、握りしめていたであろう封筒ではなく、新しい封筒に同じことを書いた。「あなたの家の番号が分からない」と母が言うが、日中は仕事で殆どいない。帰りも遅いことを伝え、「私は休みの日に来るからね」と説き伏せた。

 

元々は数字に強い人で、結婚前にいた曾祖母の家の商売を手伝っていたので、おつりもぱっと計算して、財布の中に小銭がたまらないようにする方だった。要介護審査を受けた時に「数字の6と9の区別が時々つかなくなるので、病院の番号を見過ごすことがある」と訴えていたが、現実として数字の区別ができなくなっている。部屋にカレンダーがないので何とも言えないが、今月の自分の誕生日を勘違いしている。下と電話をして、「記憶障害はある。但し、解決していない金銭問題に関する執着があって、電話帳があれば(自宅)その人にかけることはできる」という話を聞いた。20年以上前に貸したお金が返ってこない(これは事実)ことを、今年になって貸した相手に電話をしたら着信拒否設定されたと怒ったらしい。「返せない」と言い切った相手もまた、老いているわけで、お金絡みのことがこんな状態の時に出るのかと思う。恐らくパート代の貯金を出したと推測すれば、母とて豊かな生活ではなかった時代のパート代だから、執着もあるのは何となく分かる。

 

入浴を介助なしでできたということ・日中は洋服で過ごせるのでと晴れやかな顔をしていたが、病室にゴミ箱がないため、外に出す。その表現が父と面会時間開始までに話していたことと重なる。

母は何故か、必要と思われるものをバスタオルに包んで置いておく癖があったらしい。今回は”臭いから部屋にあったゴミをバスタオルに包んで外に出した”と言い出した。バスタオルを入浴以外で使った形跡はない。看護師の方から「ゴミ箱をお部屋に置きましょうか」と提案されて納得したらしい。基本的に持ち物は全て、看護師に確認してから置いていく。この日許可されたのはティッシュ(それまでは売店で売っているウェットティッシュのみ)だけだった。就寝時に使っていたのがマスクなのだが、「それは無理だと思うよ」と私が父に話した通り、「紐があるものは無理です」と言われて持ち帰った。

 

父とて高齢者。同じような話(母の生い立ち)を何回か聞かされた。それでも何か新しいことがあれば子供たちに伝えるようにしている。メモを取る癖がないから、聞いていることが抜けていることは多々ある。勿論、分からないことだらけだが、それをフォローするのが現在の子供たちのやることである。

 

ふと笑ったのが、父が洋服を買ってきた時に「▲だったら私の好みの服がある」と、散々お金を落とした店の話をしていたことだ。確かに父のセンスは?である。じゃあ私が母の服を選べるかというと更に?である。お洒落したい心は未だにある。それが女性らしくて切ない瞬間でもあった。