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***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

介護支援事業所を決める。

在宅を希望する父と入所を希望する子供。下に色々話をしていたことが添付ファイルで届いて、医療保護入院を何としてもしなくてはならないと動いた下の観察眼を3ページにわたって読んでいた。夜間せん妄による徘徊もあったことは私には誰も伝えていない。それをどうこう言っても仕方がない。今後のことを考えて、今日は仕事に行く前に動いた。介護事業所の選択と後日の契約の約束を行うことにした。

 

在宅を考えてデイケアショートステイを組み入れるという父の意向を尊重すると、事業所との契約になり、入所だったらそちらの施設との直接契約になる。包括は要介護認定までの流れの一端であって、個別に対応してくれるわけではないということを実は知らなかった。この理由は末尾に書くことにする。

 

電話をしてすぐに担当の方が受けてくれた。その際に来月の話を聞く会に来てもらえないかとお願いをしたところ快諾してくれた。手続きは私がするが(依頼主)用意するものは実家から持ってこないとならない。その話だけは下に電話を入れて貰った。父は21時過ぎたら寝てしまうようなので、留守電に「明日また電話をする」旨を入れておいた。介護保険証・負担割合・実家の印鑑を持って行かないとならないので、その日までに立ち寄る時間を(夫に頼むかもしれないので)確認するためだ。

事業所の方では家庭訪問という形で居住しやすい家であるかどうかを確認したいとも言われた。それよりも私が気にしているのは中から開けやすい家であること。立て替えた時に引き戸にしているので、簡単に出られるというのが大問題。かつ1階はベランダもなく、窓を開ければまた外に出られる状態。門はなく車があった時のカーポートはチェーンで巻いてあるだけのまさに”ザルのような家”なのである。そちらは患者側で出すと思うが、ともかくここだけは良く見てもらいたいと思っている。

 

包括の話だが、夫の兄Aが倒れ、点滴を引き抜いたりして検査もできず、病院の方で介護認定をして貰うといきなり要介護5が下りた。私が絶望的になり人生を悲観して眠剤をたくさん飲んでしまった配偶者に(この書き方でいざこざが相当あったと分かると思う)介護のことに詳しい地域ごとの包括支援センターという存在があることを教え、相談を配偶者がして、一時は落ち着いたのだが…ひと悶着をそこらじゅうで起こしてくれたため、兄弟が間に入らざるを得なくなった。

兄Aと別れたかった配偶者が不動産を売却したり、転院先で喧嘩をして出入り禁止になるわ、病状報告も兄弟の方に来る。兄Bは持病と仕事があってそうそう駆けつけることはできない。弟(これが夫)も休みの時しか身体が空かない。しかも私は大怪我をして自宅療養中という最悪の状態だった。

 

ケアマネさんが連絡をくれた。「もうね…お兄さんは意識がないんです。奥さんが成年後見人制度で離婚したいということを言いだしたそうです…」何なんだ?もう!

この件も我が家は中間点かつぼっちの状態だったのだが、配偶者がうちに(割と冷静に)電話をかけてくるので、包括では配偶者のケアが大事だと思ってくださったのだろう。兄Bとは大喧嘩をやらかしてくれたのでもう、電話も出たくなくなってきていたけれど、中間点にも話を流してくれたことに感謝している。

 

これが7年前なので、今は恐らく包括の役割が違っているのだろう…と思うことにした。兄Aが亡くなり、葬儀一切を終えた帰り道の車から電話を入れた。「お世話になりました。本日埋葬まで済ませました。時間を超えて連絡を頂いてありがとうございました」と。

 

来週に契約を交わす。あちこちから飛んでくる声に答えるべく、目下奔走しているが、何度でも言おう。子供が大学生だから何とかやっている。仕事が遅出の日は出るぎりぎりまで電話もできる。早くでて何かをすることも不可能ではない。その信念だけが私を動かしているように思う。