***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

母から子供たちへの電話。

外泊は2泊3日。帰宅した母が我が家に電話を寄越した。普通の口調に戻っている。

ケアマネさんの来訪もあった。両親とも意外と他者を家の中に介入させることに抵抗を持っている。2人だけで何もかもができるわけではないことは2年前に父の口から出たが、今回母が予想もしなかった病態を示すことになって、生活の中に介護サービスを取り入れる必要性が生じていることをなかなか受け入れてくれない。

母の口から出た言葉が気になっていた。

「これからは2人でやっていく」

「歩かないといけないからスーパーに行くようにする」

違うんだよ。買い物は運動にはならないんだよ…。

そう言いかけて飲み込んで、今日の食事の話を聞いた。

「お父さんが作ってくれたメニューは〇と〇かな」こういった説明はできる。裏返せばもう、母は自分で料理を作る力は持っていない。

「お父さん、頑張ったのね。久しぶりのおうちで食べるのは美味しいでしょう?いつも病院では1人だからね」

「そうなのよ」

その後、我が家の夫への感謝と、孫がいれば話したかったようだが、外出していたので、「伝えておくよ」と話し、スマホの通知音を気にしつつ、「お布団でゆっくり寝て頂戴ね」などと会話をして電話を切った。夫と孫のことはきちんと分かっていることにホッとした。

 

下から来ていたのはメールで、先に電話を入れたのは下で、話の内容は”昔の話をして父と喧嘩をした””話し方がゆっくりになり、歩行困難になってきた”ということ。私との電話でも言葉を考えて話している様子ではあったが、それほど滑舌が悪いとは思わなかったので、こちらから折り返し電話をして、下と話をすることにした。

 

形ではないけれど、子供としては病名がはっきり知りたい。それを踏まえてのケアプランの作成をした上で退院から在宅へ移行してほしいという思いがある。症状が治ったから退院も分からなくはない。ただ、今後の推移・在宅移行後の病気の変化・治っていない行動の一部を思うと、「大丈夫です。はい退院を」では納得できないところなのだ。

ケアプランに関しても、下の考えもあるだろう。遠いからこちらに来られない(今月の連休には来るが)のであれば、それまでに”下が”病院に聞きたいこと・介護事業所に伝えたいことを文書に起こして、それを私が送ったり、元原稿として話をすることがいいのではないかと提案し、了承を得た。添付ファイルで母の外泊が終わり次第、私のもとに来ることになっている。

 

お姉ちゃん。いつもありがとう。こっちでできることはやるよ。

外泊の時はお父さんに話をして、在宅の意味を話すから。

 

職場の同僚からこんなことを言われた。「今大変だと思いますけれど、好きなこと、できてますか?仕事も忙しいのは重々承知で言います。趣味の日は出かけて気晴らしをしてきてください!」同僚は祖父が認知症だったそうで、どういうものかを分かってくれている。その言葉に救われたし、下もそれを知っている。私がマンパワーとして動く時は何かを休まなくてはならない。場合によっては仕事を減らさなくてはならないかもしれない。労いを受けたと思って今週から再開する。

 

母が気にしている孫には、入院した時に少し話をした。LINEで伝えるには限界がある。家にいる時は(どちらも)出かける前なので言いにくかった。

今朝、少し話した。「おばあちゃんはプレ認知症の可能性がある。刃物を持って護身するとか、夜間に徘徊もしたことがある。退院した後は実家(我が家では私の実家をこう呼ぶ)に戻る。今はあなたのことを分かっているし、気にしていたけれど…」と。

「え?そんなにひどいの?」と子供。子供が最後に母と会った今年の1月はしっかり話をしていただけに、多少なりともショックはあっただろう。

 

私と下との考え方に関してはまた、記事を起こすが、私からは外泊中に電話をすることはなく、下からの電話のみにした。かかってくれば勿論答える。それは大抵が午後8時であって、我が家では帰宅したばかりで家事を夫と分担している間であることなど、両親には分からない。父は今、母が家にいることをどう思っているのだろう?疲れてはいないだろうか?そして母はどうしているだろう?案じながら、外泊が無事に終わることを願っている。