***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

減薬をしていく主治医。

2回ほど私は母の主治医と話をしたことがある。入院した日と、入院中に”退院のめど”を伺った。最低限の必要な薬を出して経過を見ているということを伺い、母が確かに医師の前でいい子にして退院したいということはあるが、医師の処方で現在は私の休みの日に電話を自分でかけてくるようになった。

ただ、長くは話さない。父がそばで変われと言わんばかりに待っているのだろう。やはり父の前では心のうち(抱いているせん妄)は他の人には言わない。もしそこに父がいなければきっと、私にも話をするだろう。

そういう点では下が電話をするタイミングは当たっているのだ。(私は仕事帰りでキッチンで大抵奮闘している時間である)

 

先日の診察の折、睡眠導入剤を飲み忘れることがあったことは、母から医師に話したらしい。「鼻の中が乾く・痛い」という症状が耳鼻科に行っても取れないので、喘息の薬との相性を考えて、「眠れてる?」「夜に目が覚めることはあるけれどベッドからは出ません。そのうち寝ています」と答えたら、睡眠導入剤がカットされた。

 

現在服用している精神科の薬は、

allabout.co.jp

 

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この日は下が出張でメールのみの連絡だったが、例えば炊飯器のタイマーのかけ方が分からなくなったという細かなことはあるそうだが、基本、料理は自分で作るらしい。時々お皿を違うものにして父に叱られるとか。私だってしょっちゅう間違えるけど「気分が変わっていいでしょ?」と家人に開き直るのだが、実家では何故かそういかないらしい。母は食器が好きで、料理に合わせて選んでいたけれど、歳を取れば100均で買ってくることもあった。「割れてもいいじゃない」と。

それは数年前に両手首を転倒して骨折するということをやらかしてから、前よりも力がなくなったということからだと思う。

 

ああ、ここで気づいた。母は骨折やひびという怪我が60歳くらいから増えたこと。

変形性膝関節症も同じくらいから出ているので足底板を入れた靴を履いている。

こういう怪我でものすごく凹む→精神的に解放されなくなる(通院・日常の不便)図式だ。今回は膝蓋骨にひびが入ったことが発端になっている。

 

こうやって打っていると、両親は疲れる・眠くなることで加齢を感じているのだが、身体機能の衰えが運動面ではなく身体にも来ていることは余り分かっていないだろう。

 

ともあれ27日にケアプランを作成して貰い、今後を見守ろうと思う。

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