***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

気遣ってくれた方々と今の私。

今日、かかりつけの眼科に3か月ぶりに行ってきた。お盆休みに行って以来で、理事長先生から帰り際に声をかけられた。「お母様、その後どうなの?」お盆休みの頃は入院していて、あれこれと介護サービスやら病態やらで頭を使っていた頃である。ご母堂の介護経験がおありだったとのことで、お葉書で励ましの言葉を頂いていた。お返事は送っていたのだが、直接話すのはあの時以来である。

 

軽度認知障害だと言われたことを伝えた。いずれは認知症に移行するだろうと言われた。「ともかく誰かが外に出してあげないとダメ」と言われた。父だけでは無理なのだということを暗に教わってきた。

 

母の喘息を見つけてくれた医師が今、我が家のホームドクターである。入院する前の大騒動の時に、実は相談をしたのだ。「先生。母(の名前を伝え)を覚えていますか?もうずいぶん前ですけれど、喘息を診て頂いていて…」言葉の途中で「うんうん。覚えてますよ。あなたが娘さんなんだ…で?どうしたんですか?」

せん妄状態であることを伝えると、「ともかく専門医を探して。あとは刃物をしまうようにお父さんに言いなさい」とてきぱきと指示をしてくださった。父にはその時は危機感はなかったのだが、下から聞いた母の様子で伝えてくれた。そして医療保護入院を下が手配した。

 

私が仕事の都合でどうしても薬が貰いに行けなかった時、夫に頼んだ時があった。「お母さんのことで大変ですか?」と私を気にしていたと言われた。「まだ入院しています。色々サービスを探しているようです」と伝え、その後は私も月に1回は行けるようになったのだが、主治医は夫に介護する私の様子を聞くようになっていた。

 

私にも気に掛けることはたくさんあった。子供がインターンシップを受ける年齢になったことや、子供に振り回される日々が始まって、どこから手を付けていいのやら分からなくなってしまった。子供に関しては就活を自分でするしかないわけだが、勿論大学を卒業するという大事なこともある。精神的にへこたれてくると八つ当たりが私に来る。そこでも参ってしまい、生活パターンが段々とずれてしまい、体調が崩れだしたのが10月の中旬だった。完全におかしいと思ったのはこの1週間。

 

最初は偏頭痛だったのだが、筋緊張性頭痛と血圧が高くなってしまい、寝ることもできなくなっている。慢性寝不足で通勤電車で座れたら往復寝ている状態。過敏性腸症候群もひどい。

それでも電話越しに聞く両親の声が生き生きとしていれば救いはある。ただ一点は自分が考えている介護体制への仕事の移行が年内いっぱいはかかることにある。