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***心模様***

心の病を持った妻とそれを介護していく夫・そして2人の子供たちの介護へむけての取り組みなどを綴っています。また、周りの同世代の介護・高齢者のお話も時々呟いていきます。

2世帯は持てないから頑張るしかない。

デイサービスを利用する際に母の通帳を見た。ちょうど年金がおりたばかりで手を付けていなかったが、16万位だっただろうか。そしてある施設で聞いた入居料金の案内は月に12万~からだった。年金は隔月で2か月分だから、仮に母を施設にお願いすることは本当に仮のことなのだと、小さな夫婦喧嘩の時に父が母に告げたらしい。

実家は10年前に建て替えた。その時の資金は持っていた不動産を売却してローンを借りずに済んでいるので、持ち家の維持費は別途かかるが、それでも夫婦2人を別に住まわせることは経済的には厳しいということだった。

 

母が副鼻腔炎になって耳鼻科に通いだしたと今朝、電話をして聞いた。バスを乗り継いで行くわけだが、母は2つの感情を持っていることが分かった。それが最初に書いたことと少し絡んでくる。

 

「お父さんはゲートボールに行きたいんだよね。だから訪看さんを3時間とか言ったのよ」

 

せん妄はこのゲートボールで他の人(当然女性もいる)と近所の人が同世代なので始まったのかも知れない。

 

「でも私の病院通いについてきてくれるから、できなくなったことが多くなった私はありがたいと思っているわ。できるようにならなきゃともね」

 

下が当初より心配していた父の介護疲れの件は、また再燃してきた。デイサービスも鼻の調子が良くないので休んだそうだ。「病院と家の往復ではよくない」とか、「土曜日に外科処置をするのは勧めないな」と私が言うと、「辛いのを先に治したいの!」と一喝された。

 

父は多くを私に語らなかったのだが、今朝は雄弁に耳鼻科のことを話していた。疲れたとか、少しは外に出たいとは言わない。それが無理なんじゃないかという思いはさらに募る。

 

一番しんどいのはいったい誰なんだろう?

 

母がMCIであること(本人はうつ病だと思っている)の辛さ。

父の自由時間がないこと。

母の辛さとはいったいどういうものかを家族(父・私・下)がどの程度分かっているのだろうか。

私たちきょうだいは医療従事者なので、冷静に判断する傾向があるが、母の件では冷静に”症状に対応”しつつ、声掛けや話し方は根気よくなった。ただ父にしたら「今はいいけれど先は分からない。いい状態のうちに息抜きをしたい」だろう。

ここで介護する人を我慢させていてもいいものか…主治医から言われた言葉を反芻している。

(時間ができたら主治医からのアドバイスの件は書く)

 

もしかしたらWindows10を買って(ネットには繋いでいないが)2階で遊んでいて、母がご立腹なのかな。せめてもの息抜きが相手がいないゲームだとしたら、父も寂しいだろうと想像している。