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***心模様***

心の病を持った妻とそれを介護していく夫・そして2人の子供たちの介護へむけての取り組みなどを綴っています。また、周りの同世代の介護・高齢者のお話も時々呟いていきます。

医療機関に頼らない体制にしていきたい。

少し介護とずれるところがあるのはご了承いただきたい。父は耳が悪くて・母はアレルギー(だと思うが不定愁訴のひとつだと思う)で近くの耳鼻科に通っていた。その時は週に1日だった。今年、母が下に依頼して、総合病院の耳鼻科に転院したのだが、2週間に1日。鼻を見るだけだったらしく、病態は今と違うけれど、「すっきりしない」ことが母にとっては相当の不満だったらしい。

 

先ほど電話をかけて(父から頼まれた要件の問い合わせもあった)いくつか聞いてみた。

①耳鼻科はほぼ毎日行っている。

副鼻腔炎だけど中耳炎にもなっていた。

③そろそろ間があくんじゃないか。

 

週2日来ている医師目当てで通ってくる患者が多いそうだが、土曜日は休診だったそうだ。それだったらデイサービスに行って欲しいのに…そこで母の内面を少し父に聞いてみた。

「お母さんも気にしているよ」

歯医者だ何だと医療に関する予定を入れて、そこには父が関与するわけだから離れる時間をこうなったら無理やりにでも作るしかないと決意を新たにした。

 

母は医療機関に縋る傾向がある。宗教関連も一時あったらしいが、医療機関だけになった。私と下が嫌がるのを聞いて、考え方を直したのが20年位前だろうか?1年のうちの半年近くが病院という生活をどう思っていたのだろう?私と下が言えば「辛いのは私よ」と切り返してくるパワーだけはずっと持っている。客観的に見れば「それ、何回目なの?」で、不定愁訴の患者さんと対応している私としては解決方法を何度も繰り返しているという仕事の状態なので、「これを打開するには違うことに目を向ける必要性がある」のを体感してきた。

 

せめて週1日でいい。身体を動かせる場所で過ごすことで不定愁訴を減らして欲しい。

 

病院での待ち時間の疲れ・通院の疲れは介護している人に八つ当たりという負担をかける。その時解決しても結局は夫婦2人の日々では憎しみが生じている。「お父さんには分からない」から発展するせん妄。父はそれに対しての理解ができていない。否、父はある意味医療機関に母の不定愁訴を聞いてもらうことで自分の負担を軽減させているのではないだろうか。

 

来週、ケアプランを見直す時にどうやったら病院依存を治すことができるか。精神科の訪看さんをい願いしたかったのは、これまでの経緯を踏まえてのことであったのだけど…主治医が不要だと言えば入れられないし、母の内面にある「父の自由を規制したい裏の感情」を捨てきれていない。

 

父が叱られたと言うけれど、父にも少しは自由に外に出られる時間をあげたいと改めて思う。