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***心模様***

心の病を持った妻とそれを介護していく夫・そして2人の子供たちの介護へむけての取り組みなどを綴っています。また、周りの同世代の介護・高齢者のお話も時々呟いていきます。

ケアプラン会議4回目。

今回の会議は新しい介護プランの作成の確認で、デイサービスを週1回利用することと曜日が今月から変わったという話を書面に起こして頂いたものを父が確認・捺印するという形式を踏んだ。これは3か月に1回の見直しを行うということで、ケアマネさんが考えてくださったのは、耳鼻科の通院を中心にしていた前回だったことを加味して考えてくださった。母は「家のこと(食事の支度)ができなくなるから週1日でいいです」とケアマネさんに話をしていた。

 

この1か月の中で母に課せられたことは「耳鼻科に1人で行く」ことだそうだ。2人でバス代を使って行くには流石にお金がもったいないと判断した父が、「前に住んでいたところの近くだし行けるだろう」「分かるわよ」の悶着を経て決めたそうだ。

 

私が実家に行った時は母が出迎えてくれた。風邪をひいて内科に行った話をしていたが、少なくとも起きていただけよかった。顔色もそれほど悪くはないので、当たり前の母娘の光景で過ごしていた。

2階にいた父を電話で呼ぶ時の声の雑さには驚いた。「お父さん。もうすぐケアマネさんくるよ!」

 

母の話し方というのは(昔からだが)きれいな言葉を使い、優しく話す。どうやらそれは小学生の頃(父親が再婚する前)に自分の祖父母から学んだらしい。仕出し料理屋の孫娘は接客を仕込まれたので、ケアマネさんも感心していた。確かに方言は出てこないなぁ…と、私も子供の頃から思っていた。

不肖、私も引っ越してくる前は相当お上品にお話をしていたそうで、「これ、パパに買って頂いたの」等々、団地のお嬢様だったらしい。それが引っ越した戸建てでは「そんなのしらね~よ」と変わって、母は相当嘆いたのを覚えている。

 

前日に、近所の方が亡くなったという話を聞かされた。下の同級生になるのだが、自分で命を絶ってしまった。不登校・少しの間引きこもりだったので、私たちは話を余りしたことがないが、母は見かけると声をかけていたようだ。だから母には話をしていたようだが、最近のことは(自分たちのことで手いっぱいで)両親も知らなかった。どうしても野次馬になりがちな両親を諫めた。

 

「人の死を茶飲み話にするのはご法度! 親御さんの心を考えてみなさい!」

 

両親よ。あなたたちには言わなかったけれど、私は1回、命の危機に見舞われた。「よく自力で病院に来た」と大学病院で驚かれたの。あの日支えてくれたのは子供だった。とりあえずの症状と治療に対してのヘルプをお願いしたけれど、真実を知っているのは数人だけなんだよ。

 

話はそれてしまったが、この件が母の心に響かないようにと願い、下にメールを入れた。