***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

誰にでも心のはけ口が必要なこと。

仕事で高齢者と接する機会が比較的多いのだが、上司からこんな話をされた。

 

「介護施設にいる方・在宅の方の心の声も聞いてきて欲しい。鬱憤がたまっているから」

 

前にいたところでも時間が許せば、サービス利用者さんのお話を色々聞いてきた。私にできたことは時間に追われているけれど、居室にお位牌と写真があれば必ず手を合わせること。これを始めたのは半年ほど前からだった。

利用者さんとは以前から親しくお話をさせて頂いていたのだが、2カ月ほど居室を開けておられた。それは配偶者が長の病で亡くなり、その後の色々なことをご家族としていたために留守をしていたそうだ。

「あっけなくてね…病院から連絡が来たけど、遠いから間に合わなかった」と、陽気な言葉の裏を感じていた。ふと見ると窓際にお位牌があったので、「大変でしたね。ちょっと失礼してお父さんにご挨拶させて頂いても宜しいですか?」「ありがとう」その後私は月に1回伺う度、同じことをさせて頂いた。

「あんた若いのによく気が付くね」「若くないですよ。お子さんと年が近いって伺っていましたし、私も(この時は母を介護する立場になった)大変でしてね」逆に愚痴をこぼしている状態だった。そんな利用者さんたちと別れて(退職して)暫く考えた。私の年齢でできることは(利用者さんは両親より少し上の世代だが)やはりこういった仕事なんだろう。そういった経緯もあり、短時間ではあるが同じような仕事を再開したところだ。

 

 

kanade15.hatenablog.com

 

先日はご自身のお父様が入院して、お母様はしっかりしているとは言えどもひとりになってしまったという患者さんがいらした。「これから母のところに行くのですが、どれくらいで終わりますか?」「30分見て頂ければ終わります」聞くともなしにでる介護の話を私は治療を待ちながら聞いていた。

 

私は自分が行き詰まったりした時に、スポーツクラブにいる准高齢者のメンバーさんに愚痴をこぼせる。恵まれっ子だと思っているのは、「お母さん、どう?」と聞かれ、週1回のレッスンを休むと皆さん、「何かあった?ああ、会議の日だったね」と声をかけてくださり(何故か)飴をくれる(笑)

 

母が心の中にため込んだ思いを突然父にぶつけるのは、病院以外に行くところがないからでもあるし、母の病態を大分理解した父に対して、やはり話を聞いて欲しいというわけだ。下が電話で、私はケアプランの折に話を聞いていても、実はそれでは足らない。かつて子供たちが家にいた頃は、母には2人とも”私の味方。特に下は分かってくれる”というもとで過ごしてきた。でも今はそれぞれが独立して話を聞いてくれる人はいない。父のキャパを超えた要求を父が持て余している。そこでケアマネさんが「どうしても心にたまったものがあったら、私がお話を伺いますよ」と仰ってくださったのだ。

 

私と下は冷静に物事を考えるようになっている。統一した見解は、主治医が父に言う「母の言い分に耳を傾けること」と、聞いているだけで捌け口がない父に唯一許されている子供の見守りを身体が続く限り行かせてあげること。気づいたことはケアマネさんにお話を私の方から連絡を入れる。それで大分助かっているのだ。