***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

孫に対する関心を求めてはいけない。

 

拙宅の子供が多々挫折を経て内定を頂いたことを、実家の両親には伝えていない。下には昨日連絡をして、保証人が必要だったらお願いしたいと言う旨を伝えた。下が就職する時は夫が保証人になった。そのことを分かっているので、快諾してくれたのだろう。

でも「実家に言うのは今度のケアプランの時でいいでしょう。今はとても孫の話どころじゃないだろうし、逆に介護のことで頭がいっぱいの父だから、集中させないとならない」とも言っていた。私も、もし入浴介助を父がしていれば(耳が遠いので電話は全て留守電にしている)邪魔以外の何物でもないので、「そうだね。今度話すよ」とFaceTimeを切った。

 

当の孫は前にも書いたが、大学1年生の冬休みに母から「バイトをしなさい」と説教されて以来、実家に寄り付かなくなってしまった。「冬季うつ病だから」と慰めても、「あれは人に言う言葉じゃないよ」と怒り出す。成人した翌年はこんなことを言っていた。

 

同期のおじいちゃん・おばあちゃんは成人を意味あるものとしてくれたよ!

お祝いに高額なものを買ってもらった云々…私は「うちも私大できついのは分かってるでしょう?年金で暮らしている今は無理なんだと思わなきゃ」「他の子の祖父母だって同じじゃないの?」とミゼラブルなことを嘆いてばかりだった。

 

孫の名前を忘れているわけではない。でも関心は自分たちの暮らししかやはり無理なのだ。多くの高齢者と接する仕事の日こそ痛感する。小さな世界で自分たちの立ち居振る舞いを考えるようにシフトしてしまうことなど日常茶飯事である。

 

私は専門職なので、企業の診療室(というものが昔はあった)以外はブッキングすることはそれほどなく、2件目で採用されて10年勤めた。ブランクを経て、復職後は2件の登録した求人サイトで探して、今に至っている。

下は就活をしている。理転就職だったが、配属先は本社ではなく地方の社員寮だったので、家財道具を両親が買い、米やら何やら送っていたことを聞いている。(下の頃は売り手市場だった)

 

今、実家の周りでは私たちきょうだいが一番の年長者だ。孫が一番大きいのもそうだし、親の介護ということも先頭を切ってしまった。そうなった時にとても孫のことは考えに及ばないということは多分、近所の方は分かっている。

 

いつか子供の心がもう少し落ち着いたら、双方30分が限度だと思うけれど、顔を見て欲しい。

カラコンを入れていても、口が悪くても、理論的に物事を言うようになっても、あなたたちの孫は一緒に海辺で遊んでもらった時と内面はそう、違いはないのだから。

 

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:::2017.06.17 大通公園バラ:::