***心模様***

後期高齢者になった両親の老々介護・それを支えていくこどもたちのお話が主です。スピンオフとして私の趣味の写真などを載せていきます。

ひとつの選択。

あっという間に介護に関わるようになって2回目の師走を迎えるが、私はひとつの決断を出し、了承されたのが昨日の話だ。定期のバイト先を1箇所減らすことにした。下がよく言う父の老いに対して、近くにいる私が対応しようと決めたから。それは夫が望んだことでもある。介護だけではなく自分の身体も考えろと再三にわたって言い続けた。

収入のことを考えつつ、私自身も持病の通院に行くことが難しかった。1か所の勤務体制を変えて貰ったが、疲れがとれないまま流されるように仕事をしている状態では家事すら満足にできない。

決定打は、余程のことがない限り洗濯機を回さない夫が「量が多かったからやっときました」と休みの日に洗濯をしていたことだった。この日彼は主夫に徹していた。料理は頼むが洗濯機までは頼むのはまれ。干すのも頼まない。(夫は腕が余り上がらないので)「ありがとう」と言いながらも、ずっと考えていたことを勤務先の方に伝えない限り先は見えない状態だった。

 

母の頭の中は恐らく60代後半なのではないか。実年齢よりも下に自分を置いているような話し方をすることが多い。自分が老いたということよりも体調がよくないことで「これはいつか治る」と、自分が認知症だと知りつつ、実は母は認知症を見たことがないので、曖昧な心の移ろいを父に八つ当たりすることもしばしばだ。じゃなかったら「お父さん、年取ったわ」などと言うわけはない。

 

来年の3月からは基本的に週に3日半。時々半日の仕事が入る体制になる。祝日がある週もこれは変わらない。それは我が家の生活のためでもあるので、両立ができる最低限の仕事の体制を整えた。雇用が継続するかどうかも不確定なダブルパート生活(トリプルか)なので、先を見据えた行動も必要になってきたということだ。

 

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===スカイツリーのイルミネーション===

 

介護サービスに関わる仕事の経験と周りの介護をしている方の話を聞くと、老老介護には必ず限界が出てくる。私が危惧しているのは父の体調があまり良くないこと。昨日、早く帰宅したので21時になる前に電話をかけてみた。電話口の父はまた風邪をひいていた。寝たい時もあるだろうと思う。何とか21時過ぎまでは電話口にいようと頑張っていたのが伝わってくる。

 

父に何かあった時のことしか今の私には考えられない。まずは母を病院に連れて行くことからはじまる。私の予定で変えて貰うことはできない。デイサービスの利用者さんの中には独居で週2日通っている方がいて、送迎の方が施錠をしてくれるそうだ。

介護のことできょうだい喧嘩になることは当たり前のように見てきた。今は何も下には言わずに、黙って自分の身体を見つめながら、介護体制を整えていくしかない。

 

子供よ。今は自由にやっているかもしれない。それもいい。私はこの先は親に関わっていく。

あなたに対してやるべきことは果たしたと思っている。これだけはあなたに言っておこう。

 

顔でも出すかな?とLINEでは語れる。実行できないのなら言うんじゃない!

 

私の両親は自分たちを支えるだけで精いっぱいだ。あなたの周りの祖父母たちは孫に課金したり色々尽くすこともできるだろう。正月の来訪を断った理由が母の精神状態の悪さであって、確かにあなたに嫌な思いをさせたかもしれない。

 

自分だって遊びに行く時は家族を無視しているでしょう?何が違うの?自分のことを考えたら家族は見えなくなる。そしてこの小さな家族は必死に今までを生きてきた。いい思いもあった。

あなたのお父さんも老いを迎える。私も老いる。時は確実に過ぎていく。せめて抗うとしたら私自身の頭の中を前向きにして対応するくらいだよ。